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第37話
いまのは明らかに自分の失言だと気づいた犬飼が顔色を変える。
「わ、悪い……っ」
突然腕をつかまれ、犬飼ははっと息を飲んだ。瀬戸の強い瞳がまっすぐに犬飼を見据えている。
「……あんたは何を怖がっているんですか」
瀬戸の瞳には強い憤りと、やるせない痛みがあった。
「わ、わからない……」
つかまれた手が震える。ようやくそれだけを答えると、瀬戸は大きく息を吐いた。手を離し、そのまま背を向けて玄関から出て行く。犬飼は脱力した。自分が何か取り返しのつかない失敗をおかしてしまった気がした。
ふと鳴き声がして気がつくと、クロが犬飼の足元に頭を擦りつけていた。金色の瞳がじっと犬飼を見ている。
犬飼はクロを抱き上げると、あたたかなその身体にそっと頬を埋めた。
俺は瀬戸をどうしたいのだろう。自分の中途半端な態度がいけないのはわかっていた。
もう、瀬戸とは仕事以外で会わないほうがいいのかもしれない……。
これ以上瀬戸に近づいてはいけないと思っているのに、彼に愛想をつかされるのが怖い。瀬戸と一緒にいるとうれしいのに、はっきりとした答えを出すのも怖かった。自分はなんて勝手なのだろう。
――あんたは何を怖がっているんですか。
強い憤りを滲ませながらも、一度も犬飼のことを責めず、傷ついたような瞳をしていた瀬戸を思い出し、胸が痛んだ。
「俺はだめだな……」
「なうあー」
クロは身を捩るようにして犬飼の腕の中から飛び降りると、トコトコとどこかへ消えてしまった。終いにはクロにまで見放された犬飼は、ひとりぼんやりとその場に座っていた。
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