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第38話
その日は以前から付き合いのあった取り引き先に、瀬戸を紹介してほしいと頼まれ、打ち合わせがあった帰り道だった。昼間ということもあり、都内近郊から都心へと向かう電車の中は空いていた。瀬戸とふたりきりになるのは久しぶりのことで、犬飼は少しだけ緊張していた。最近では仕事の話はするものの、短い雑談を交わすこともない。
車内にはぽつぽつとしか乗客が乗っていなかった。学校帰りだろうか、純朴そうな男子高生たちが固まって、楽しそうに何かを話していた。このあたりは、都心からのアクセスがよいため、犬飼が初めてひとり暮らしをしていたときに住んでいた場所でもあった。身体に感じる小さな振動とぽかぽかとした陽気に誘われて、いつしか眠くなる。
「懐かしいな……」
車窓から見える景色に犬飼がぽろりと零すと、隣に座っていた瀬戸がこちら顔を向けたのがわかった。
「ああ、いや、昔な、このあたりに住んでたんだよ」
もうずっと長い間、瀬戸とは話をしていない気がして、犬飼はやや焦ったように説明した。
「知ってますよ。あんた、毎朝このあたりにくると、決まって顔を上げていたでしょう。ずっとおかしなひとだと思っていましたよ」
「なんで……」
驚きすぎて言葉も出ない犬飼に、瀬戸がふっと笑った。
「俺もこのあたりに住んでいたんですよ。毎朝、出勤途中に目の前に座っている男がこちらをじっと見ているんです。最初は新手のナンパか、ガンをつけられているのかわからなかったんですが、ほんの一時こちらを見たあと、何事もなかったかのように寝るから、なんだろうと不思議でした」
え? あのとき、瀬戸もあの場所にいた?
都心へと向かう途中、建物と建物の合間、ほんの数秒だけ視界がぱっと開ける区間があった。晴れている日には遠くに富士山を望むことができて、それが毎朝出勤時の犬飼の密かな楽しみだった。
「あのころ、俺は閃輝暗点にかかっていて、そんなときはじっと治まるのを待つしかないんですが、俺の場合は特に頭痛がひどくて」
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