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第40話
そのとき電車が停車駅に止まり、緑の風がふわりと車内に入ってきた。各駅停車しか止まらない、小さな駅だ。数名の乗客が乗り降りしたあと、自動ドアが閉まり、電車はまた静かに動き出した。
「瀬戸……」
なぜだか泣きたいような、たまらない気持ちになった。これまで犬飼が長い間見て見ぬふりをしてきたもの。気づかないふりをしてきた気持ち。もう無理だ、という思いがあふれそうになる。
「しかしなぜ富士山なんです?」
「……え?」
「日本人はこぞって富士山が好きだ。そりゃあきれいなのは認めるが、そんなに特別視するもんですか。まったく意味がわからない」
ひどく真面目な顔をして瀬戸がそんなことを話すから、犬飼は虚を突かれた。
「ふっ、は……」
犬飼は思わず吹き出した。瀬戸と一緒にいて、こんな楽しい気持ちになれたのは久しぶりのことだった。堪え切れず、腹を抱えて笑う犬飼を、瀬戸が気でも狂ったのかという目で見ている。その表情がますますおかしくて、犬飼はこみ上げる笑いを止めることができなかった。
「……そうだよな。わからないよな」
自分でも不思議なくらい、おかしくてたまらなかった。笑いながら目尻に滲む涙を拭い、隣にいる瀬戸を見た。これ以上気持ちを誤魔化すことはできなかった。
――そうか、俺は瀬戸が好きなんだ。
いままでずっと認めるのが怖かったのに、いざ認めたらこれまでずっと抱えていた重たい荷物を下ろしたように、心がすっと軽くなっているのに気がついた。
「俺は……」
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