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第51話
犬飼は絶句した。何を思って瀬戸がそんなことを言い出したのかわからず、困惑する。冷静に考えて、自分のデザインが瀬戸のものに敵うとは到底考えられなかった。悔しいけれど、最初から勝負を捨てにいくようなものだ。
しかし、瀬戸はそんな犬飼の思いを見透かしたように正面から見ると、「そのほうが勝てると思うからです」迷いのない口調できっぱりと言った。
会議室の中はざわめいた。スタッフの顔には、瀬戸は何を言っているんだという戸惑いの色が浮かんでいる。それは犬飼も同様だった。
いったい瀬戸は何を考えているんだ?
静かにしろ、という笠井のひと声に、犬飼は、はっと我に返った。そうだ、こんなバカみたいな案を笠井が受け入れるとは考えられない。温厚な人柄とは別に、仕事の面において笠井は誰よりもシビアだ。
「犬飼でいくという、その理由を言ってみろ」
笠井が促すと、瀬戸は冷静な態度で理由を述べた。
「鳳凰堂の担当者が、AOCの上役と懇意だということは知られています。横やりが入った以上、十中八九、今度のコンペは鳳凰堂に決まりでしょう」
それだったらよけいに俺のデザインじゃだめじゃないか。瀬戸の言葉に反論しようとした犬飼の心の声は、それを見通した笠井の視線によって封じられる。
「それで? お前が犬飼のデザインでいこうとしている理由は何だ?」
「可能性があるからですよ。というか、うちがAOCの広告を取れるとしたら、ほかに方法はありません。いいですか、俺のデザインは向こうに嫌というほど知られています。今回のAOCの仕事だって、一度は最終的なデザインまでいったのを、最後の最後でひっくり返された。つまりはそういうことなんです。たとえ横やりが入ったとしても、それを黙らせるだけの力が俺のデザインにはなかったということです」
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