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第57話
次の瞬間、きつくその腕の中に抱きしめられた。押してもびくともしない男の身体。その身体から放たれる熱に、犬飼は圧倒される。
「瀬戸……? んっ、あ……っ」
突然ぬるりと入ってきた男の舌に、犬飼は翻弄される。瀬戸の手は犬飼の頭をつかむと、貪るような勢いで犬飼にくちづけた。
「……本当ですか、犬飼さん? あとで冗談だったではすまされませんよ?」
瀬戸の眼鏡が犬飼の頬に触れ、カチャリ、と鳴った。額を合わせ、犬飼の頬に両手を挟んだ男の瞳はすがるような必死の色を浮かべている。いつも自分に自信があるように思えた瀬戸の余裕のなさに、犬飼の胸が震えた。痺れるような歓喜が身体中を駆けめぐる。
「こんなことで冗談なんて言わないよ」
瀬戸の眼鏡を外し、黒く濡れたような瞳を見つめ、笑みを浮かべた。その目尻に触れるだけのキスを落とす。そのとき、瀬戸がこれまで見たこともないようなやわらかい表情でほほ笑んだ。
うわあ、お前なんて顔で笑うんだよ。
「あなたが好きだ」
余裕のかけらもない瞳。ああ、こいつはこんな顔もするんだと思ったら、愛しさがあふれるように胸の奥がぎゅっと苦しくなった。男の背中に腕を回し、ぎゅっと抱きしめる。
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