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第71話

 天気がいいので少しだけ遠回りをして職場に戻ることにした。川沿いの緑が目にも涼しげに風に揺れている。若い女の子たちがスマホのカメラを手に自撮りをしていた。 「俺たちも撮りますか」  瀬戸の冗談に、犬飼はやめてくれよと苦笑する。さすがにこの歳になって、仲良く自撮りをする度胸はない。  正直、悔しくなかったら嘘になった。成功すればKプロダクトにとっても大きな仕事であったし、それ以上にどうしても今回は勝ちたい理由があった。選ばれた鳳凰堂のものと比べても、自分たちの作ったデザインが悪かったとは思わない。なのにあと一歩が届かなかった。 「あー、悔しいな」 「そうですか?」  相変わらず平然とした男に、犬飼はこいつも相変わらずだなあと苦笑する。 「うん、悔しいよ」  これまでの犬飼だったらその結果を悔やみ、いつまでもうじうじ悩んでいたかもしれない。ひょっとしたら、自分じゃなくて瀬戸がデザインをしていたらと、卑屈な思いを抱いていたかもしれない。でも、もうそんなふうには考えない。いや、考えたくない。  今回の仕事は取れなかったけど、それまでの努力や時間のすべてが徒労だったとは思わない。何よりKプロダクトにとっても、今回のことはいい経験になった。  AOCの結果が出て犬飼が感じたのは、あーあ、取れなかったかあという悔しさと、やるだけのことはすべてやったという不思議な清々しさだった。決して、やらなければよかったとは思わない。  それに犬飼は今回のコンペとおして、自分がこれまで忘れていた気持ちを思い出すことができた。自分はデザインが好きだ。その気持ちを、この無愛想な後輩が思い出させてくれた。そして、あふれるように今、犬飼はやりたいことがたくさんある。 「さーて、午後からも仕事がんばるぞ」

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