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第2話 新しいパソコンを買ってきた:同居人R

この管理人さんと、僕とは、もう8年くらい、一緒に住んでいる。 *  *  * その日、田舎から飛行機に乗って、東京駅まで着いたけど、つい勢いで家を出てしまって、 その夜にどこかに泊まることを、想定していなかった。 そういえばと、携帯のサイトで、結構前から見ていた掲示板を思い出し。 「泊めて…ください…と。これでいいかな。」 簡単な書き込みで、泊めてくれる人を募集した記事を載せた。 本当に、いま考えても、田舎者の感覚だった。 読んでくれるかどうか、相手にしてくれるかどうか、そんなことは、ちっとも考えてなかった。 だから、ここの管理人さんが、メールを送ってきてくれたのが、たしか数時間後だったから、「あぁ、ホントに来るんだ…」って思ったくらい。 そこから、お互いにやり取りして、とりあえず、最寄りの駅まで行くことができて、 その後に「やっぱり辞めときます」の可能性も、考えていなかった。 初めての東京、そこから山手線に乗って、ナントカ線に乗って(この辺りから、未知の世界に踏み入れている)、途中で大きい駅に着くからそこで降りて、改札の前に来ているから、そこで会って(騙されて、来てなかったという可能性も、全く思ってなかった)。 色々調べて移動していると、時間の経つものは早くって、その私鉄に乗ったのは、夕日も暮れた時間だった。なにせ初めて乗る電車だから、路線図と駅名をずーっと睨んでて、とにかく、乗り過ごさないように、それだけを気にしていた。 その言われた駅に降りたら、地元の駅よりも、新しくて大きくて明るくて、都会の駅ってデカいな~(実際は、私鉄の、けっこう田舎の駅だから)と思っていたら、 少し離れたところに、ひょいっと手を挙げた人がいた。 あぁ、あの人が管理人さんかな? 「やあ、どうもどうも。」 軽い挨拶と、簡単な自己紹介をして、 「じゃあ、ウチ来る?少し歩くけど。」 荷物は、リュックひとつしかなかったので、自分で持ってたけど、町の光が少しずつ遠くなって、暗くなっていったのが、記憶に残ってるな。 その日から、この近所から見回りして、電車の系統と駅と地図を、いろいろ調べてたっけ。 管理人さんが、シェアハウスに、デスクトップパソコンを用意していて、「これ、使っていいよ。オレのは別に持ってるから。」と、個人で使わせてもらった。必要なソフトはひと通りそろっていて、 履歴書作るにしても(プリンタもあったから)、路線図を調べるにしても、ハローワークの情報を見るにしても、エッチサイト見るのも掲示板で相手探すのも、それにネットゲームするのも、 このパソコンで、全部やっていけた。 そのうち、だんだん、パソコンの時間が増えていって、寝る時間よりもパソコン使ってる方が面白くなった。 *  *  * そんな、管理人さんに、何度か、話をしたことがある。 東京に来たけど、目的もなく、やることもなく、やりたいこともない、 何をしたらいいのか分からないので、家を出てきた…という、本音を、話した。 あとで考えると、こういう悩み相談して、働かないのか?とか、言われるんだろうな。普通だったら。でもこの管理人さんは、8年経った今でも、そういうセリフは、まだ言ったことが無い。 「じゃあ、いろんな事やってみて、その中から良かったことをやってみたらどうかな?」 だから、夜更かししても、バイトもしてなくても、管理人さんは「今日はなに見てるのかなぁ?」的な感じで、軽く話しかけてくる。 …、うん…、なんで、怒んないのかな?って、思ったことも、ある。 でも、さすがにそれは、怖くて聞けなかった。 だから、なにか頑張って、お金もらえることをやんなきゃなぁ…、そう思った。 でも、会社の就職の、面接が出来なくて、正社員は向いてない…。 バイトは、東京に行ったら、いくつかありそうだから、派遣を少しやってみて…。 たまに、管理人さんと同じ職場に行って、一緒に働いてみたり。 そうやって、少しずつ、お金を貯めることができた。 *  *  * 朝起きると、ネット注文していたパソコンが、届いていた。 あさイチの9時に、もう持ってきたらしい。 僕が注文したものは、パソコン本体と、前のよりちょっと大きいディスプレイ。大きい無線のキーボードも買ったけど、それよりも画面の方が大きい。 先月まで働いていた時の、蓄えがあるうちに、前々から計画していたパソコン購入に、ついに踏み込んだ。 「おぉー、すげぇ。これかぁいいなぁ。」 管理人さんが、これを見るなり、歓声を上げて喜んでいる。 画面の綺麗さ、SSD(ハードディスクの代わりのメモリ)の容量、ゲーム用のマウス、 ここのシェアハウスの中で、一番スペック(性能)の高いパソコンになった。 「あとでグラフィックボード見せてね!」 って言ってくれる。そうして管理人さんは仕事に出かけて行った。 実は、その管理人さんが、シェアハウスの中で、一番パソコンのことに詳しい。 この家の中の同居人三人は、みんなパソコンを所有しているが、それ全部、管理人さんが持ってきてくれたものだ。おかげでこのパソコンが9台目(つまり、4人で8台持ってた)。 それに今回買ったパソコンも、半分は管理人さんからのアドバイス。機種を決めるとか、お金を出すとかは自分でやったが、ネットゲームに耐えられるくらいの、グラフィックボードの性能とか、ハードディスクとSSDの違いとか、いろいろ解説してくれた。 このハウスに来て、3年かかってお金貯めて、初めて、自分のパソコンを買ってくることができた。 …、うん、やっぱり、いいなぁ。自分のモノって、やっぱり、いいよね。 ん?やりたいこと?…そうだなあ、…管理人さんに恩返しも、やりたいことの中に入れなきゃね。

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