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第7話「確認」

「へーえ。これが妹か」 お気に入りの12センチの真っ黒なヒールはマット加工されていて一見するとゴツい。 彼は大体いつもそれを履いているのだが、今日は一緒にホテルに向かう相手の事を考えて男性もののブーツを細い脚に履かせていた。 「何見てるのー?あ!藤崎リオンじゃーん!」 写真や動画を投稿するアプリで見つけた彼女の公式アカウントを覗いていると、隣に座っていた小柄で細く、やたらと胸が大きい女は彼の腕に自分の腕を絡めながら一緒に画面を覗き込んでくる。 藤崎リオンとは、藤崎里音の芸名だった。 「可愛いよね〜この子。何だっけ?クォーター?」 「この子の双子のお兄さん見たことある?」 「あるよぉ!リオンちゃん結構お兄さん載せるもん」 むにゅ、むにゅ、と彼女の大きい胸は男の腕に当たるたび、ほわほわとした弾力で押し返して来る。 彼はそれが気に入っていた。 たまたま入ったカフェで待ち合わせたもう何度目かの呼び出しに応じてくれた女を眺めながら、アプリに投稿された写真を更に漁っていく。 そうして行き着いた1枚の写真に、ピタ、とスクロールを止めた。 「これ誰か分かる?」 「え?、、んー、左がリオンちゃんのお兄さんで、右がリオンちゃんで、真ん中の子は〜」 ハイウエストの真っ黒なパンツにホワイトクリアの素材とゴツい金具で出来たベルトを締め、トップスも真っ黒なタートルネックのニット。真っ白なロングコートを着た青年は、彼ら双子と一緒にその写真にぎこちない笑顔で映り込んでいた。 「あ、たまに出て来るリオンちゃんとお兄さんの友達のYくん」 その名前に、ニッと口角を釣り上げる。 読み取れる空気感や、その写真の青年が放つ独特な雰囲気。 リオンではなく見てる側からすると左隣にいる「お兄さん」を気にしながら撮られた写真に、笑いたくなる程、彼は納得がいった。 「ああ、そっかあ」 (付き合ってる子がいたんだ) 濃い茶色の髪は前髪をかき上げてセットされ、隣に並ぶ藤崎久遠とお揃いになっている。 「思い出した、この子」 「え!?知り合い?」 「んー、話した事はなかったかな」 クックッ、と笑い声が漏れた。 彼はその青年を覚えている。 いつも見ている藤崎の周りをウロチョロしている地味目な生徒で、真面目だけが取り柄の様な態度で授業に出ていた事を。 (佐藤義人、で、Yくん、ね) 「ふーん、、」 「なにー?何でそんなに興味あるのー?」 「別に〜。まあでもいいや、覚えておこう。で、ホテル行く?」 「行く〜!」 2人して手を繋ぎながら昼の晴れ渡った街へ飛び出す。 上機嫌に歩く彼は、足早に近くのホテルを目指した。 2人の関係は大学の助手と生徒である。 本来あまり認められていないその関係を気にする事なく、男はホテルへ女を連れて入って行った。 今日は風が強くて、ゴオゴオと唸っている。その声を聞きながら木を見れば、細い木は左右前後に激しく揺れていた。 冷たくはない。 ただ、生温いくらいのやたらと強い風だった。 「ちょ、おい!」 教室移動中に藤崎が義人の後ろに隠れ、風除けにしながら広場を超えていく。 「風つよー」 「俺を盾にすんなよ!」 「その後ろに私ー。よーし、2人ともがんばれ!」 「入山が前に来い」 更に藤崎の後ろに入山が入って、3人でふざける。 誰が見ているとも知らず、公共の場でそんな事を繰り返して、1番後ろを取り合い笑い合った。 「入山ちゃん、今日家親いないんだっけ?」 藤崎は並んで歩き始めた入山を覗き込む。 「うん」 「夕飯、俺らと食べない?どうせ作るの藤崎だし」 義人は落ちそうになったルーズリーフを抱え直しながら隣を見ずにそう言った。 「え、そうだけど何その言い方」 思わず藤崎が間に挟まれている入山の頭上から義人の顔を見つめる。 眉間のシワがだいぶ深く刻まれていた。 「俺は佐藤くんの中ではご飯係なの?彼氏じゃないの!?」 「美味しいからいいじゃん」 「わーい。いいならお邪魔する!」 藤崎を軽くあしらうと義人は夕飯に入山を誘って、久々に食べる3人での食事を考える。 ここにたまに遠藤が加わるのだが、最近遅くまでバイトを入れているらしくあまり参加してきていなかった。 「昨日何だった?」 「昨日は、、、あ、親子丼」 一瞬出てこなかった昨夜の献立に少しドギマギしつつ、やはり男2人だと丼物や鍋、茹でたパスタに買ってきたソースをかけるだけなど、割と男飯と言う感じのものばかり食べているなあと考えている。 「私、麻婆豆腐」 「それ以外か。和食にする?」 藤崎と作る和食と言ったら味噌汁、白米、焼き魚か刺身、肉じゃがやらがある。 どれも美味しそうだが、そう言えばあまり魚を食べていなかった。 (刺身?、、刺身高いし藤崎が食べられないやつと食べられるやつの組み合わせばっかで値段の割にアイツが食べられないんだよなあ) 甘エビ、イカ、マグロの赤身、中トロ、タイと並べば、藤崎は甘エビとマグロの赤身が食べられない。貝類も全般生では食べることができず、魚介類にはとことん弱いのだ。 (前にテキトーに買ってったときすごいしょんぼりしてたもんなあ) 隣の入山と藤崎がうどんか定食屋に行くかとワイワイ騒いでいる中、義人はぼんやりと藤崎と食べるために買った半年前程の刺身のパックの中身を思い出していた。 ホタテ、イカ、タイ、赤身、サーモン、甘エビ。 半分が藤崎が食べれないもので構成されていた事を、藤崎にパックを見せた後に知ることになった。 普段は義人の前で格好付けるために偏食を隠し、本当は食べられないアボガドやエビチリでも口に運ぶ藤崎だが、生で醤油しか味を誤魔化すものがない刺身だけは謝罪と共にその場に五体投地して「食べれない」と嘘泣きをしていた。 本当に無理な場合の反応を初めて見た瞬間である。 「あ、俺寿司食べたい。タカ寿司行こうよ」 タカマル寿司と言うチェーン店の略称だ。 たまに藤崎と2人で出かける時もある、魚介以外の寿司やサイドメニューが充実した店で、偏食の酷い藤崎も魚が食べたい義人もお互い気を遣わず満足に食事ができる。 「あ、じゃあ電車乗って俺達の家の最寄りで降りよう。10分くらい歩くけど」 藤崎もパッと嬉しそうな顔をした。 「賛成!寿司食べたい!」 「あ。和久井くんも呼ぶ?」 「え、いいよアイツは」 「なんだよ、喧嘩中とか?」 「課題曲が難しくて大変そうだから」 「ああ、そう言うね」 入山の課題を和久井は邪魔せず見守り、逆に入山も和久井の課題が忙しければ連絡を控えて集中できる環境を提供する。 友人時代からずっとそうだったらしい持ちつ持たれつな2人の関係は、そこは変わらず継続されていた。 「じゃあ3人で寿司だね」 「藤崎、ホタテ食えよ」 「本当に貝類は勘弁して本当に」 「あっはっはっはっはっ」 余程嫌いらしい。 この話題だけは義人が藤崎を攻め続けられるいつもと違うテイストだった。 「あの、藤崎さん」 そう声がかかったのは、昼休みの食堂で、ちょうど義人が学食で1番安いラーメンを食べようとした瞬間だった。 「?」 声のした方を向けば、テーブルの端に座っていた藤崎の横に女の子が1人立っている。 驚いた事に藤崎とまったく同じミルクティベージュの髪色をしたすらっとした体付きの、風で飛ばされていきそうな程線の細い子だった。 「はい」 新しく入ってきた1年生達は驚くばかりだろう。 このやたらと美しい整った顔の男が、喋り掛けると実はこんなにも性格の悪そうな低い声を出す事に。 女の子の肩は冷たい藤崎の声に一瞬震え、視線を絡めたり泳がせたりしながらも口を開こうとしている。 (あー、またかあ) 4月中盤になると、課題そっちのけで4月マジック狙いの新1年生の女の子達が藤崎とコンタクトを取り始めていた。 しかし当の本人は外野に全く興味がなく、来るもの全員返り討ちにしてバッサバッサと切り捨て、死体の山を積み上げて行っている。 多分この子も死体だな、と藤崎がわざと当てている膝の熱を感じながら女の子を見つめた。 「義人」 別の優しく低い声が義人を呼ぶ。 滝野がグイ、と肘で肩を押してきたのに合わせて視線をそちらに向けた。 気にすんな、というサインに、義人も目で、大丈夫だ、と返す。 「その、、放課後、時間ありますか?」 見た事もない女の子は、震える声でそう切り出すと顔を真っ赤に染めた。 一体全体、どこで名前を知ってくるのか。そうして藤崎も、どうしてそう自然と不機嫌な雰囲気を醸し出せるのだろうか。 「ごめん、ない。課題で忙しいから」 「すぐ、終わる事なんですけど」 食い下がらない女の子の強さに義人は感心していた。 上級生しかいないこのグループに堂々と1人で話しかけられるなんて中々いない。 少し離れた後ろに彼女の友人だろう3人組の女子が義人達のグループを見ながらキャーキャーと小さく騒いでいるのは見えた。 こちらからすればその浮かれようも迷惑なものだったが、藤崎も義人も、そしてその他の友人達も別段それを咎める事はなかった。 主に、面倒くさいのだろう。 「本当に時間ないんで」 「っ、、お、お願いします!5分で終わるので、」 「?」 あからさまに迷惑な顔。藤崎は絶対に思わせぶりな態度は取らない。 義人と付き合ってからは尚更それが酷くなっている。 義人は一瞬彼女が言った言葉の何かが気に掛かったが、些細な事だろうなと目を瞑る事にした。 「一瞬だろ?行ってやれよ、藤崎」 あまりにも相手が不憫でならず、慈悲深い義人がそう口を出した。 「、、、」 じろりとこちらを向いた視線は、怒っているような、悲しんでいるようなそれだ。 藤崎を見つめ返し、「大丈夫だよ」と小声で伝えたのだが効果はないらしく短く息を吐かれる。 「わかった。5分だけね。マジで忙しいから」 「はいっ!ありがとうございます!あとで教室まで行きます!」 藤崎にそう言ってから、こちらを向いてニコリと笑ったその女の子は、そそくさと後ろに控えている友達の輪に戻って行く。 「おーおー。なーに不機嫌になってんだよ、藤崎」 遠藤がからかうように楽しげに言った。 1年前、遠藤には自分達が付き合った事を報告する前に気が付かれた。 「責任持てよ」とひと言だけ言われたがあれが何だったのかはよく分からない。 飄々と生きていて男女関係なく少し荒い言葉を遣う彼女は1年の最後に肩ぐらいまで伸びていた髪をベリーショートにバッサリと切ってボーイッシュな印象になった。 藤崎相手にも皮肉をバンバンと飛ばし、気圧される事なく強い態度で彼と接するが一方で藤崎の顔面だけは大好きな人間で、義人とは正直あまり2人きりで話す事がない。 1年の頃から藤崎とは良くふざけ合い、気の合う友人としてそばに居る印象があった。 (遠藤ってほんとは藤崎の事好きなのかなあ) ぼんやりとそんな事を考えた。 「別にー。佐藤くんが俺を売るから拗ねてんのー」 「売ってねえだろ」 「売ったよ」 「はあー?」 明らかにご機嫌斜めな藤崎が、ジト目で義人を凝視してくる。 やはり先程の気遣いが余計だったらしい。 「断ればそれで終わるだろうが」 断ってくれると信じているからこそ送り出すのに、と義人も少し肩を落とした。 「それでも嫌なんだよ」 「うわ。心狭いな、お前」 「佐藤くんが広すぎんの。まあいいや、お断りしますね」 「お前らはどうしてそう告白される前提で話せんだよチクショーそうだろうけどさあ!」 入山がズルルッとうどんを吸い込む音がした。

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