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第11話「作戦」
「光緒のお父さんの助手!?」
初めて会ってから半年程経つまで一向に慣れなかった藤崎の幼馴染みで、吊り上がった鋭い目付きとガラの悪さの印象しかない瀬尾光緒の顔を思い出し、義人は口をポカっと開けた。
「細かく言うと、光緒のお父さんのブランドの共同経営者の助手をしてて、そこの繋がりで今、造建で光緒のお父さんのゼミの助手になってる」
大城善晴(おおしろよしはる)と言う造建兼ファッション学科の教授をしている人がいる事は知っていたが、仕事が忙しくゼミにも大学にもほぼ現れない。
うっすらと顔を覚えているくらいだ。
大城ゼミはどちらの学科であっても3年生はほぼ助手と一緒に大学内のゼミ室で作業をこなし、4年生は大城教授の事務所の一室に集まりブランドで実践的な経験を積む事が主な活動とされているゼミだった。
「光緒のお父さんだったのかよ、、」
「いやごめん、言い忘れてた。あいつあんまり親父さんの話ししないし、触れないのが暗黙の了解になってて」
「光緒くんって滝野くんと藤崎の幼馴染みだっけ?」
「そうそう」
流れてきたサーモンの握りをレーンから取ると、藤崎は自分の目の前にそれを置いた。
義人と藤崎の家の最寄駅、壱沿江町駅(いちぞえちょうえき)から歩いて10分程のスーパーの近くにあるタカ寿司に入った3人は、10分程待ってから4人掛けのテーブルに通された。
義人と藤崎が片側に座り、向かい合った席に入山が座っている。
「菅原さんいつもは大城教授の事務所で4年生見てる筈なんだけど、最近は3年のゼミ生見にきてるみたいで、顔バレてるからちょっと前に偶然学内で会ったときに連絡先交換させられた」
「うーわあ、無理矢理じゃん。断れなかったの?」
「光緒がまた何かやったらすぐ連絡できるようにって言われて、最初あの人の事良い人だと思ってたからうっかりと」
「思い切り騙されてるじゃん」
入山はイカの握りを口に放り込むと、むぐむぐとゆっくり噛んでいる。
店内は家族連れと近くの高校の制服を着た高校生で溢れかえっており、中々に賑わっていた。
「そこからしつこく連絡が来る。全部断ってるけど」
はあー、と長くため息をつき、熱々のお湯で入れた日本茶をズズとひと口飲む。
先程から黙ってネギトロ軍艦を食べている義人を、藤崎は湯呑みを口元に付けたまま横目で見つめた。
(不安にさせたかな)
菅原の存在を隠していた訳ではないが、しつこくされ始めた辺りから家にいるときには大体携帯の電源を落とし、義人が気にしない様にと行動していた藤崎は少し罪悪感を覚えている。
普段女の子から連絡が来てもまったく反応しない義人だが、流石に同じ男が自分に迫っていると知って何か思い悩んでいるのかもしれない。
こう言った存在がいる事を相談も何もしなかった。
そこに対して、もし義人が違和感や疑問を感じていたら気遣いやらの元も子もない。
「佐藤くん?」
6個目のネギトロ軍艦に手を伸ばしたところで、流石に義人の行動を不審に思い声をかけた。
「どうしたの?」
不安げな黒い瞳が藤崎の方を向く。
「、、何で光緒と大城教授って苗字違うんだ?」
「あ、、光緒の事が気になってただけね」
余計な心配をしていた藤崎の反応を見て、入山はふふ、と笑う。
義人はネギトロ軍艦を口に入れた。
「本名は大城光緒だよ。光緒のお母さんて何回も結婚離婚繰り返してるから、アイツ、めんどくさがってお母さんの苗字の瀬尾って名乗るんだよね」
「あ、じゃあ教授と血は繋がってないのか」
「繋がってないし、光緒のお母さんと教授はもう離婚してる。光緒が教授に親権持って下さいって言ったから教授の息子になってるけど」
「はあ〜、お父さん子なんだなあ」
「う、うーん?いや、その辺も色々あるみたい」
そこは光緒も入れてまた今度話すよ、と藤崎はサーモンを食べ始めた。
整理するとこうだ。
元々顔見知りだった藤崎に菅原は目をつけていたのだが、大城教授がいる事務所では手が出せなかった。
大学に来るようになり、教授の目も光緒の目もないところで藤崎を見つけた菅原は、藤崎と関係を持つ為に連絡先を聞き出ししつこく迫ってきている。
「教授か光緒くんに言ってやめさせれば?」
「今光緒がぴりついてるからあんま迷惑かけたくない。大城教授の連絡先知らないし、あの人大学来ないから言いようがないし。もうちょっと我慢すれば多分俺に興味なくすからそれ待つよ」
皿が積み上がったテーブルに頬杖をつき、藤崎はまたため息をつく。
義人は先程藤崎に取ってもらったたまごを食べ終え、コーヒーが飲みたい気分になっていた。
「佐藤くん的に不安なことある?」
藤崎はあくまで義人第一で考える人間だったが自分が我慢して終わる面倒事は出来る限り周りを巻き込まないように務めている。
義人自身もそんなところがあり、相手に迷惑を掛けないようにとする2人を見ていて入山は少しもどかしかった。
けれど男女の恋愛が当たり前とされている世の中で、2人は2人で様々な考えがあってこそそうやって動いている。
彼女自身あまり無責任な事も言えず、本人達の意思を尊重して黙って話を聞く事しか出来なかった。
「藤崎がそう決めたならいいんじゃない?でも何か、結構無理矢理来そうだから気をつけて欲しい」
「うん。それは分かってる」
席に座ってからずっと、義人の膝には藤崎の膝がコツンとくっついている。
感じる体温はいつも通りの暖かさで、お互いそれで先程の騒動から忙しなかった胸の内がだいぶ落ち着いていた。
「私は佐藤の事やたらと見てたのが気になる」
「んー、それは俺も気になった」
頼んだ3人分のアイスコーヒーを店員が持ってきてテーブルに並べて去っていくと、義人は入山、藤崎の順にそれを配り自分の分のカップに刺さったストローに口をつけた。
持ち帰れるように蓋の付いたプラスチックカップにコーヒーが入っていて、冷たいものが一気に飲めない義人としては有り難かった。
「確かに睨まれた」
「もしかして付き合ってるのバレてんのかな?」
藤崎から溢れた言葉に義人はギョッとしてそちらを向いた。
ガジガジと噛んでいたストローの先端は歪に曲がっていて、藤崎が「やめなさい」と言いながら義人の口元からストローを離す。
放たれたあまりにも恐ろしい言葉に、ゴク、と唾を飲むと喉仏がぐるんと上下に動いた。
「嘘だろ、、」
「多分だから、多分」
「可能性はあるよねー。となると佐藤に近づいてくるかもしれん」
「え、何で」
入山はテーブルに肘をついて指を組み合わせ、鼻の付け根をそこに押し当てると視線を義人に向ける。
「バラされたくなかったら別れろとか言いそう」
ここで作戦会議が始まった。
3人はアイスコーヒーを飲みながら「うーん」と唸り、藤崎は何故か全員分のサイドメニューのショートケーキを注文し、レーンに流れてくるのを待っている。
「成績ヤバい子とかに口利きしてやるから、とか言ってホテル連れてくらしいし。アンタらの関係知ったら悪用するでしょ、絶対」
「何で捕まらないんだよ、あの人」
「大城教授の後ろ盾があるからだろうね。生い立ちが複雑らしくて共同経営者がだいぶ面倒見てるって聞いた。その顔潰さない為にも教授も動いてるんだろ」
「立場がセコいわ。見捨てれば良いのに」
入山はレーンを流れてきたショートケーキをひとつ取り自分の前に置く。
藤崎は2つ取ると1つは義人の前に置いた。
皿に一緒に乗っている銀色のスプーンを口に咥えて、義人は入山が言ったひと言に「確かに」と頷いた。
(まあ、俺達から見たらとんでもない人だけど他の誰かからしたら大切なんだろうな)
何処となく、自分と重なるような菅原の存在にチクリとまた胸が痛む。
脳裏に蘇った父親の姿を掻き消し、義人はショートケーキについた薄いビニールを剥がすとフォークでひと口掬って口に入れる。
甘いクリームとふわふわなスポンジの食感が広がった。
「義人にも俺にも彼女がいることにしよう」
苦肉の策として藤崎が提案したのはそんな作戦だった。
「他の大学とか言っとけばいいだろ。下手に入山ちゃんとか遠藤とか言うと問い詰めに行きそうだし。あとはもうテキトーに流して逃げまくる」
「本当にそれしかできないよね。厄介な人に好かれるねアンタ達」
はあ、と3人でため息をつく。
それでもショートケーキは美味しかった。
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