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第13話「体温」

「何か恥ずかしいな」 「何言ってんの。いつももっと恥ずかしい事してるだろ」 「うっせバカ!!」 ギャン!と吠える義人に対して、藤崎は先程とは逆に上機嫌にベッドの上で義人の身体を抱きしめる。 ここのところ休みなしに毎晩していた行為を今日で一旦義人が止めた。 何だか疲れた1日に、落ち着いて藤崎と触れ合っていたかったのだ。 「藤崎。首に息かけんな」 「耳は?」 「だ、ダメに決まってんだろ!」 後ろから藤崎に抱き込まれている状態で、義人はふう、とゆっくり息を吐いた。 グダっと身体から力が抜けていく。 藤崎が首元に顔を埋めてくるくせは相変わらずで、もぞもぞとくすぐったいのと、息がかかる度にビクビクとしてしまう。 「佐藤くんいい匂い。勃ちそう」 「勃たすな。同じシャンプーだし同じ石けんだし同じ洗濯機にぶちこんでんだろうが」 「佐藤くんがぶち込むって言うとなんかエロい」 「お前はどうしてそういうことしか頭にないんだ」 事実、万年発情期もいいところだ。 付き合ってから今日までまさか毎晩のように抱かれるとは思ってもいなかった。 「今日は佐藤くんのいやらしい顔が見れないか」 残念、と小さく言いながらもスンスンと義人の匂いを吸い込んでいる。 下半身は完全に勃起していてそれを義人の尻に押し付けているが、義人は藤崎を無視し、けれど少しだけ足を擦り合わせていた。 「たまには我慢しやがれ」 「もう一回首噛んでいい?」 「代わりにお前の動脈噛みちぎっていいならな」 ため息をつく。 藤崎が不機嫌でなくなった後も散々ヤラれそうになったがギリギリで全てかわし、義人は何とかベッドに潜り込んでいる。 普段から一緒に入っている風呂で勃起したそれを堂々と見せつけられながら、「シよ」「無理」を言い合ったのは何だか笑えた。 先月まで寒がりの義人の為に使っていた寝室のエアコンは既に夏までは使わない事を2人の間で取り決め、使っていた分厚い毛布も一度コインランドリーで洗ってから畳んでクローゼットに仕舞った。 春、夏用の薄がけに毛布を被り、湯冷めを絶対にしないようにスウェットを着込んだ。 『すっごく可愛くて、性格よくて、スタイルもいい、』 電気を消し、カーテン越しに月明かりが差し込む寝室で、ふと、脳裏にそんな言葉が蘇ってくる。 『女の子、が似合うよね』 それはすごくもっともな台詞で、事実だった。 「、、、」 何度考えても男同士でしかない2人の内、どちらにもそんな言葉をこれから先に言う人は増えてくるだろう。 ましてや、自分と藤崎が永遠に一緒にいられるかは義人には分からない。 義人は自分と藤崎の明確な違いが分かっている。 藤崎はこの先、女の子と言う選択肢がある。 けれど自分にはきっとそれがなかった。 (俺は初めからこっち側の人間なんだろうな) 永遠に一緒いたいとは思っても、実行できるものかは不明だ。 けれどそれは男女でも言える事だろう。 そして何より、今藤崎の隣にいるのは自分なのだ。 (今付き合ってるのは、俺だから) 藤崎の今を独占して、自分のものにしているのは義人だけだ。 それは彼の不安や心配を拭うには充分すぎるくらいの幸せだった。義人にとって初めて恋をした相手の藤崎が、今こうやって性別すら乗り越えてそばに居てくれる事。できる限り不安にさせないようにと努力してくれている事。何もかもが幸せだった。 (もし別れても、お互い忘れたい過去にはしたくない) だから、あの言葉に納得するのはもうやめよう。 後悔をしない毎日でいたい。 藤崎の吐息が首元に当たる。暖かくて柔らかい肌が体の至る所に触れていて、全てが義人を安心させてくれていた。 (今、藤崎と愛し合いたい) 先は分からないけれど、このそばにある体温を守りたかった。 例え、似合わなくても。 つり合っていなくても。 藤崎が選んだのが義人であるように、義人が選んだのもまた、藤崎なのだから。 「、、、」 「佐藤くん、寝た?」 今日あった告白の事も、藤崎と付き合っているのかと聞かれて「付き合っていない」と答えた事も、菅原に言い返さなかった事も、義人なりに藤崎を守りたかったのだ。 この先に何があるかが分からない以上、今細心の注意を払って藤崎を守りながらそばに居たい。 それは彼が慎重で丁寧であるからこそ、周りには伝わりづらいだけの愛だった。 「義人」 いつの間にか藤崎の下半身は静かになっていた。 ただぎゅっと後ろから抱き締められ、何だかふわふわした気持ちになってきている。 少なくとも今は2人きりだ。 明日からの大学は少し気を張らなければならないが、今だけは心も身体も休めたい。 耳元で呟かれた低くて甘い声は、穏やかに彼の名前を呼んだ。 「好きだよ」 そして色っぽくそう囁くと、ちゅ、と首筋にキスをされる。 (何でこんなに優しいんだろ) どうしてこの男は自分を選んだんだろう。 ボーッとしてきた頭で、義人はそんな事を考えていた。 「、、俺も」 何故だか泣きたい気持ちを必死にこらえている。 『俺が選んだのは、義人なんだよ』 そうやってちゃんと言ってくれるから、義人はまだここで踏ん張っていられる。 守ろうと言う強い気持ちが生まれる。 きっと義人は、相手が藤崎でなければ自分はダメだっただろうなと思った。 「なんだ、起きてたのか」 「分かってて言っただろ」 「んー、、?」 藤崎も眠くなってきていた。 震えるように義人が息を吸った気配を感じて、すりすりと頭同士を擦り合わせて動物のように愛情を伝えている。 「俺だけの人でいてね」 一度覚えてしまった嫉妬や独占欲は、徐々に藤崎の中で大きなハッキリとした感情になっていた。 藤崎自身、菅原に余計な事を言われたとだいぶ気にしていたのだ。 義人はただでさえ付き合っていると言う事を周りの人間に言わない。彼が男同士と言う事を自分よりも重く受け止めている事も、色んなものに気を遣って、何より藤崎自身の事を考えてこの関係を口外しないように努めてくれている事を藤崎は理解している。 2人で喧嘩を繰り返し、意見のすれ違いをどうしようもなく感じながらも何とか納得いく形を探そうとしてきた。 それをここに来て、あんな男が吐いた言葉で壊されるのは絶対に嫌だった。 周りが決めた誰かではない。 藤崎は義人が良いのだ。 そんな気持ちを込めたひと言に、義人は「うん?」と眠そうに答えながら目を閉じていく。 「んん、、俺は久遠のだよ」 それだけしっかりと聞くと、藤崎も満足したように目を閉じた。

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