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第14話「機嫌」
「ふーじーさーきーくーん!」
「、、、おはようございます」
義人と違う1限目の授業を終えて滝野と教室移動をしていた藤崎は、突然茂みから現れた菅原と遭遇し、その楽しげな笑顔で朝から気分がガタンと落ち込んだ。
何故だか向こうは両手にいっぱいの鉄パイプを所持している。
「じゃ、失礼します」
「あ、ひどいひどい。あからさまに避けなくてもー!」
カランカランと引きずられた鉄パイプは高い金属音で鳴く。
(誰のせいで昨日佐藤くんとセックス出来なかったと思ってやがる)
「久遠落ち着け、顔がヤバい、顔が!」
やたらと構い立ててくる菅原にイラついた藤崎は眉間に皺を寄せ、ギロリと菅原を睨んでいる。
慌てて滝野が落ち着かせるが、昨日の菅原の発言のせいで藤崎が義人と致す事ができなかったのに変わりはない。
藤崎は我慢ならず、低く不機嫌な声を漏らした。
「何か?」
「うん。今度の土曜日、俺と飲みに行こうよ!」
「無理です」
「そんなこと言ってー!毎日忙しい訳じゃないでしょー?」
初めて会ったときはこんな人間だと思いもよらなかった。
光緒の今現在の家であるマンションに何度目かの訪問をしたとき、たまたま大城と打ち合わせをしていた西宮と言う男の助手として菅原はそこに来ていた。
西宮は他大学の教授をしており、大城と立てた「REAL STYLE」と言うブランドの共同経営者だった。
あのとき藤崎はまだ高校生で、菅原はダラダラと伸ばしていた藤崎の長い髪を気に入って声を掛けた。
『綺麗な髪だね』
その言葉に、綺麗な大人だと思ったのだ。
顔ではなく髪を褒め、見た目の綺麗さと違ってヘンテコな振る舞いをする藤崎を否定しない、大城や自分の親と同じ見守ってくれる大人の内の1人。
それがそうでないのだと知ったとき、藤崎は菅原に対してある種の気持ち悪さを覚え、同時に酷く嫌悪するようになった。
「ね、土曜日!」
「すみませんけど、土曜は予定もあるので、お断りさせてもらいます」
滝野くんもどお〜?と菅原はニコニコしながら笑いかけて来る。
無論滝野も菅原と面識はあった。光緒の家には滝野の方が訪れた回数が多く、菅原と先に知り合っていたのも滝野の方だ。
ちなみに大体が光緒からの理不尽な呼び出しで、家に呼んだ女に別れ話をしたら暴れて手が付けられないから大城が帰る前にどうにかしに来い等、まったく無関係な事への巻き込みだった。
「予定ってー?」
「友達と夕飯食べるので」
「友達ー?」
そう言いながら、隣にいて困惑気味の滝野の方を向く。
「そいつじゃない友達です」
「久遠、言い方な?」
不機嫌モードの藤崎にすら慣れ切っている滝野はカシカシと頭を掻いてため息をついた。
このやり取りを見るのも滝野からすると何度目かのイベントなのだ。
「それって佐藤くん?」
「そうですけど」
「じゃあ佐藤くんも一緒でいいからさ!」
「彼は酒弱いし、酒癖悪いので勘弁してください。授業遅れますから、失礼します」
あの日、あのときに目をつけられた原因が伸びた髪だったのだとしたら、面倒くさがらずにさっさと切ってしまえばよかった。
「あ、藤崎くん、、!」
藤崎は心の中で舌打ちをすると、「失礼しまーす」と菅原に丁寧に挨拶をしている滝野を置いてズカズカと遠ざかって行く。
「くーおーんちゃーん」
「礼儀がどうとか言うなよ。そう言う問題じゃねえからアレは」
追い付いた滝野が隣に並ぶと、藤崎は容赦のない冷たい声で牽制する。
「わかってる。そうじゃない。でもさ、やっぱ光緒かお父さんに報告しない?これはちょっと酷いぞあの人」
「そこ2人巻き込んでも迷惑かけるだけだ。大城教授だって西宮教授には強く出れないかもしれない」
「あそこの2人はそんな脅し合うような関係じゃねえよ」
そうは言ったが、「いい」と下手に意地を張った藤崎は首を縦に振る事はなかった。
「、、、まあ、そりゃそうか」
そう、これはあくまで藤崎の意地だった。
藤崎は「見た目が良い」。だからこそ小さい頃から巻き込まれた面倒事や厄介事は数が多く、彼自身そのせいもあって友人が少なかった。
モテる、目立つと言うのは人の反感を買いやすい。
滝野は、藤崎が誰かに陰口を言われている現場にも、面と向かって悪口を言われている現場にも、いじめられたときも意味のない暴力を振るわれたときもそばにいた。
そして小さい頃から積み重なったその経験のせいで、彼がやたらと自分のせいで巻き起こる騒動を1人で抱え込むようになったのも知っている。
それが彼の中で周りを守る為にしている事のひとつでもあるのだ。
(周りにも、義人にも、もっと頼れば良いのに。クソ格好つけだなあ、コイツは)
何を言ってもどうせムキになっていて聞かないのだ。
滝野は呆れながら藤崎の隣を歩いた。
「そんなに佐藤くんがいいのかぁ、藤崎くんは」
そんな2人の遠ざかる背中を眺め、菅原はポツリと呟いて笑った。
「何でまた不機嫌なんだよ」
「不機嫌じゃないよ」
そう言いながら、藤崎は義人と同じ2限目の授業中に1番後ろの出入り口側の席を取り、机の下で隠れながら手を繋いでいる。
人類学の授業。
連なった横1列6人掛けの席の右端から、義人、藤崎、滝野の順に並んでいる。
来るのが遅かった3人と違い、同じ教室でそのまま違う授業を1、2限連続で受けている入山、遠藤、西野の3人はやたらと前方の席を取っているのが見えた。
「いつもはこんなことしないだろ」
少し頬を赤らめながら義人がこちらを見つめて来るのを、藤崎は左手で頬杖をついて眺める。
真っ黒な目は不安げに揺れていた。
「んー、、?」
それに魅入って藤崎は悩ましいため息をつく。
授業開始5分で爆睡を決め込んでいる滝野は机に突っ伏して丸めた背中を上下して、義人はそんな2人を視界に入れながら授業を聞いていた。
「いつもこのくらいくっついて欲しかった?」
面倒なのは義人が右利き、藤崎が左利きであるので、座った位置的に手を繋ぎながらでも2人とも十分にルーズリーフにメモが取れると言う事だ。
藤崎はそれを良い事に手をまったく離そうとせず、義人の膝の上で指を絡めたまま落ち着いてしまっている。
「鼻にシャーペンさされてえか、バカ」
「照れてるくせに」
小声で言い合う。
ここまで堂々と2人が話せているのは、講堂内自体の電気が落とされ、黒板前の天井から引き下ろしたスクリーンに祖先の猿から人間になるまでの過程をまとめた番組の録画を映しており、大音量を良い事に大多数の生徒が無駄話に花を咲かせているからだった。
「佐藤くん」
「何だよ、今アウストラロピテクス見てんだよ」
「キスがしたい」
「エッ、!?」
急にギュッと握り込まれた左手に視線を落としつつ、思わず顔を藤崎の方へ向ける。
「む、無理だからな流石に!そう言うこと言うやつは手を離せ!」
あくまで周りに聞こえない声で反抗するが、暗闇の中で見える藤崎の表情は冗談というものではない。
「やーだ」
「っこの、!」
足掻くが、どうにも藤崎の右手からは抜け出せなかった。
「藤崎!」
「佐藤くん」
「だめだからなッ」
ふいに頬杖を外した藤崎の顔が近づく。
ビクリ、と驚いてから、断固拒否して藤崎の肩を思い切り右手で押し返す。
「ちょ、おま、、え!」
「んー、、?」
(近い、近い近い近い近い近い!!流石に学内でそれは嫌だ、、!!)
「やめなしゃーい」
「うっ!」
「え?」
妙なイントネーションの制止の言葉と同時に、藤崎の頭がガクン、と後ろに連れて行かれる。
よく見れば、暗がりの中、起きた滝野が藤崎の後襟を鷲掴みにして自分の方へ引き倒していた。
「滝野、、!」
「大丈夫?義人」
ごめんねー、と言いながら、藤崎の後頭部をバシバシと叩いている。
「滝野ぉ、、」
「んあ?」
義人の手を離し、体制を整えてぐるんと滝野に向き直った藤崎は低く声を出しながらそちらを睨んだ。
「てめえは邪魔すんな、この童貞!!」
「童貞じゃねえっつの!」
「あーあー、、」
途端に足の踏み合いが始まって、バタバタと小さな音が響いた。しばらくして義人が止めに入ると、藤崎も滝野もぴたりとふざけ合いをやめ、近くの席の人に向かって「すみませーん」と声を掛ける。
数人、滝野が割と大きな声で漏らした「童貞」と言う言葉に反応して振り向いていたのだ。
「あんなー、義人。久遠はさっき菅原さんに会って不機嫌になってんだ」
「あ、そう言う事か」
またぶすくれながら机に頬杖をつき、面白くなさそうにスクリーンを見つめる藤崎の顔を横からジッと義人が見つめる。
菅原有紀。
やはり藤崎につきまとってきているようだ。
(、、、ん?と言うか、)
ここまで経ってからやっと義人は色々な事の点と点を結んで考え始める。
『、、あの人は目に付いた人間とすぐセックスするだけ』
藤崎は明らかに菅原の標的で、確かに彼はあの日、義人に菅原の簡単な説明としてそんな事を教えてきた。
(目に付いた人間と、セックス?)
『男も女も関係なく、あの人に食われた人は多いんだよ。半ば無理やりとか、男相手でも容赦なく立場利用したり、女の子相手だと妊娠させたり』
次に入山の言っていた言葉を思い出すと、段々と義人の顔から血の気が引いていく。
そう。きちんと考えてみると、これはかなりの大問題なのだ。
(菅原さんは、藤崎とセックスしたいってことか、、!?)
自分で藤崎には女の子が似合うと言ったくせに、男である自分が藤崎とセックスしようとしている。
実に訳の分からない人間であり、その上かなり厄介な敵が現れていたのだと義人はこのときようやく理解したのだった。
「、、、?」
そして何となく、顔が良すぎるのも大変だな、と労いの意味も込めて藤崎の右手に再び自分の左手の指を絡める。
「、、どうしたの?」
驚いた藤崎がこちらを向いた。
「ん、、たまには、良いかなって」
「何それ。可愛い」
「あ"?」
手はゆっくりと握り返された。
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