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第15話「自信」

悩み始めた事が、グルグルと思考回路の中を巡る。 ただでさえ悩み事が増えると頭がパンパンになるのに、加えて藤崎の事となると義人は更に忙しなく脳を動かしていた。 (何人もヤリ捨てされてるって言ってたし、藤崎の事が好きとかじゃない、、よな) 隣を歩く藤崎はその隣にいる滝野と何か話している。 2限の授業が終わりいつも通りに足は食堂のある11号館A棟に向かっていた。 春の陽気は義人に降り注いでいる。 心の中と違い、世界はあまりにも穏やかだった。 (ただセックスしたいだけって、どう言う事だろう) 義人にはそれが理解できなかった。 セックスしたくなれば義人には藤崎がいる。 したいと思っていなくても藤崎は自分を襲うし止めないと毎晩のように行為を繰り返す。 休みの前の日が一番厄介で、大体次の日の朝日がカーテン越しに寝室差し込むまでそれが続くのだ。 (分かん、ない) ぼんやりと考えた。 藤崎と出会うまで義人にはほぼ性欲と言うものがなかったのだ。 そんな義人が、誰かれ構わず目についた気になる人とセックスしたくなるなんて気持ちを理解出来る筈もない。 「、、、」 「佐藤くん?」 「ん、?」 藤崎の呼び掛けにハッとしながらそちらを向いた。 「どうかした?ボーッとしてる」 優しい声に愛しさが溢れる。 奥にいる滝野も「大丈夫かー?」と聞いてくれていた。 「大丈夫だよ。考え事してただけ」 好きじゃないのに、どうしてセックスがしたくなるんだろう。 それとも、何度も何度も色んな人を好きになるのだろうか。 義人の頭は再びぐるぐるし始める。 どうしても菅原の存在が義人には理解できなかったのだ。 (好きって思わないのかな) それとも、今までセックスしてきた人達の事、皆んなを好きだったのだろうか。 考えれば考える程謎の存在だった。 (俺は好きだから、藤崎とシたいのに) 「おはよー」 気怠げな声がして、後ろから入山が義人の隣に並んだ。 「おはよ」 「んー。何かやる気の出ない日だね〜」 「それこの間も言ってた気がする」 「気のせい気のせい」 絶対に気のせいなどではないのだが、あからさまに眠そうな顔をしている入山に苦笑しながら、廊下の角を曲がる。 食堂に入る途中に入山、遠藤、西野と義人達は合流し、6人掛けの席を取った。 「何食べる?」 「ラーメン。醤油」 「あいよ」 「私今日はお弁当ある」 「水だけ持ってくるね」 「あざー」 席に残って荷物を見る事になった滝野と遠藤分のメニューを聞き、義人達は食券売り場に向かう。 「滝野の俺が買うから」 「ん、ありがと」 藤崎は義人の後ろに並んだ。 食券販売機の列はそこそこに長蛇の列になっていたが、何だかんだ販売機自体が3台もあるので周りが早い。 「いつも通りラーメン?」 「んー、安いしうまいし」 周りにはこの時間になると会う事の多い顔ぶれが揃っているが、学年も学科も勿論知らない。 「好きだねえ。土曜は何食べに行く?ラーメンにする?」 「あ、それ。決めてなかったな」 話しながら少しずつズレる列について行く。 券売機の傍まで来ると、既に麺類の受け渡し口に菅原が並んでいるのが見えた。 「ッ、」 昨日ぶりのその姿に、義人の心臓はぎこちなく蠢いた。 食堂の人と親しげに何かを話している。 券売機の列の後ろに並んでいる女子が、「あの人かっこいい」と指を指しながら言っているのが見えた。 (かっこいい、、確かに、かっこいいはかっこいい) 独特な和顔ではあるものの菅原はスタイルも良く、藤崎に対して害があると知らなければ、義人は好印象を抱きそうな程、今は純粋そうに良く笑っている。 『あの人は目に付いた人間とすぐセックスするだけ』 藤崎は明らかに菅原に気に入られている。 酷い事も平気でやって来ると聞いたけれど、今のところそんな事はまだ起きていない。 目の前で笑う人間に、本当にそんな事が出来るのだろうかと義人はぼんやりと考えてしまった。 (あんなに綺麗なのに) 確かに少し寂しそうに笑っている。 けれど、経験が少なく人を信じやすい義人からすれば、菅原がそこまで悪い人間にも見えなかった。 「佐藤くん進んだよ」 「あ、うん」 藤崎は菅原がいる事に気が付いていない。 (もし、純粋に菅原さんが藤崎を好きだったらどうなるんだろう) 今までのように勝手に呼び出されて知らない間に告白されたら、どうしよう。 嫌な考えが浮かぶ。 (どうしようって、そんなの、藤崎が決めることだし) 何を? (あれ?) もし純粋に菅原が藤崎を好きだったら。 このまま酷い事をせず、ただ好きだと言う態度をずっと藤崎に向け続けたらどうなるのだろう。 (もし取られたら、どうしよう) 途端に息が苦しくなった。 「ッ、」 自信なんてないのは当たり前だ。 藤崎からの愛の形も大きさも、勿論見えるものではない。ただ築き上げたものをお互い信じ合うしかないのだ。 「ねえ土曜どこ行くの?」 「佐藤くんと久々に外でご飯食べようかって」 「いや、タカ寿司私と行っただろ!」 「それは入山ちゃんがいたからデートじゃないんで」 「そりゃお邪魔して悪かったな」 「あはは!」 頭の後ろでそんな会話がされている。 けれど今の義人には、音が全部自分を避けて走っているように思えた。 「、、、」 (藤崎は誰よりも格好いい。惚れた弱みもあるけれど、そうでなくてもきっとそう見える) 義人の中で、また段々と不安が競り上がってきている。 考えてはいけない恐ろしい事を思う癖は、彼が小さい頃から身に付けてしまったものだった。 (もし、好きだったら、) 純粋に、好きなだけだったら、自分は勝てるのだろうか。 (俺は、あんなに綺麗じゃないのに) 思い当たった瞬間に、ドクンと大きく胸が痛んだ。 藤崎が浮気をしたり裏切ったりする事がないのは義人も理解している。 けれど彼は自分に自信はなかった。 「こんな自分が」といつでも頭に浮かんでいる。 (大丈夫かな、、俺で、大丈夫なのかな) 耳の後ろで爆音で血が流れて、周りの音がかき消されて行く。 ゴク、と乾いた喉を唾が降って行った。 (こんなんじゃダメだ。藤崎はいつも大丈夫って言ってくれるのに) 前向きになろうと何度も考えるが、それでも頭のどこかで自分を否定する声が聞こえる。 藤崎と出会うより、もっとずっと前から植え付けられた自己否定が義人を蝕んでいた。 (考えるのやめよう、ダメだ。やめろ、本当にやめろ、) また、父の罵声が脳裏をよぎって行った。

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