17 / 61
第17話「攻撃」
「こんにちは〜!」
問題が発生した。
「こ、こんにちはぁ、、」
目の前にいるのは、菅原有紀、その人であった。
(きたーー!ってか、何で俺ーー!?)
確かに研究室に用事があったのは義人自身で、十分に警戒はしていた。
菅原の存在を少し気にしつつ、ここに入ってきて他の助手を待っていた筈なのだ。
しかし結果的には呼んでもいない菅原に気が付かれ、「あ!佐藤くんだー!」と言いながらコツコツと、高いヒールではなくブーツの音を響かせて彼は目の前に来てしまっている。
(だから寄りたくなかったのになあ、研究室)
「何かご用ですか、菅原さん」
「やだな〜有紀さんでいいって!」
そうは言われても、藤崎から「絶対ダメ」と念を押されたばかりである。
義人は頼み事を顔見知りの助手にされた側であり、それは突然だったので藤崎にここに来る事は伝えていない。
故意的ではなく、急いでいたという事実と、言う必要も無いだろうという考えからだ。
「菅原さんこの子知り合い?」
義人のクラスを担当している助手が菅原の隣に並んで言う。平野と言う名前の女性で、2年生に上がってから顔を認識した人だ。
「知り合いだよ」
「変に絡むの止めてあげてよ。ただでさえ菅原さん怖がられてるんだから、1年にも、2年にも」
「そうなの!?俺なーんも怖くないのに〜」
「怖いでしょ」
菅原は何故か平野から離れ、研究室の受付カウンターから出て、義人の隣に並んだ。
その様子を平野は呆れたように眺めつつ、義人を呼び出した理由である機材を自分の机の下からケースごと引き摺り出している。
「藤崎くんは?」
(う、ッッわ、、)
来るとは思っていたそんな質問がまさか本当にされるとは、と義人の笑顔が引きつった。
こうやって直ぐに顔に感情が乗るところを直さなければと常々思っているのに進歩がない。
「学食じゃ、ないですかね」
2限の授業が終わり、昼過ぎの授業で必要なテキストをロッカーに取りに来たところを平野に捕まり、一瞬でいいから助けてほしいと研究室に連れてこられた。
今は昼休みだ。
先程まで一緒にいた入山も含め、他のいつものメンバー達はとっくのとうに食堂にいるだろう。
「ふぅん。いつも一緒ってわけでもないんだ」
ニコニコとそんな事を言われる。
今は自信がないとか言っている場合ではない事は自覚していた。
そうではなく、目の前にいる敵からの攻撃を確実に避けて逃げ切らなければならない。
(生きて食堂まで帰る、、!)
しかし突然発生したその生還クエストを、菅原は容易にぶち壊してくる事となる。
「ようし、一緒に学食行こうか!」
「えッ!?」
ガッと力強く腕を掴まれ、するんと絡み付かれた。
「え、あの、」
「あ、用事あるんだっけ?平野〜、佐藤くんに何頼むのー?」
「これ1人じゃ持てないから1年のクラスまで運んで」
平野が持ち出してきたのは撮影機材の入った30センチ×60センチの脛辺りの高さの黒いケース3つ。
持ち手を両手で掴み、気合を入れて持ち上げてひとつずつ受け付けカウンターの外に出しているところを見ると相当に重いようだ。
「菅原さん、佐藤は私が呼んだんですよ。ちょっかい出さないで下さい」
どうやら菅原よりも平野は後輩らしい。
「俺も持ってくから!」
「え?いやいいですよ」
「まあまあまあまあ!!」
半ば強引にケースを掴むと、よっこらせ、と持ち上げる。
「あ、平野さんいいですよ。これ結構重いですね」
義人は平野が持っていたケースも代わりに持ち上げ、両手にズッシリとした重みを感じながら歩き出す。
(教室に置いたらダッシュで逃げよ)
彼の中では既に作戦が立てらていた。
とにかくとことん菅原から逃げようとしている。
「おー、ありがとう。じゃあドア開けだけやるね」
「、、、佐藤くんいい人なんだあ」
「はい?」
義人は女の子慣れはしていないが一見そうは見えない。
何となくではあったが女の子達と付き合ってきた事もあり、女性との接し方は身についていた。重たいものは代わりに持つ。髪型が変わったら褒める。そんな簡単な事ではあるが、自然と平野の手から荷物を攫った姿を見て、菅原は少し感心した。
「菅原さん動いて!」
「あ、ごめんごめん。平野怖いなあ」
平野が開けたドアを押さえ、2人は研究室を後にする。
「失礼しました」
義人は中にいる数人の助手と教務補助、教授達に向かって頭を下げるとケースをあまり揺らさないようにしながら部屋を出た。
この重たいケースを片手にひとつずつ持てるようになったのは少なからず藤崎の作る食事を与えられ、少し肉付きが良くなり、加えて一緒に筋トレをした成果だと噛み締める。
(食堂ついたら報告しよう。そしたら今日は肉が良いって言おう)
昨日が寿司だった事もあり今日は肉が食べたい。義人は少しだけ顔をニヤつかせながら、藤崎の肉料理メニューを思い出しつつそんな事を考えた。
「なーに楽しそうな顔してるの?」
「えっ?あ、いやあ、、最近筋トレしてて、こう言うのやっと片手で持てるようになったんで嬉しくて」
「あー、凄いなあ。これ重いもんね」
前を歩く平野は誰かから電話が来てそれに出ている。助手達に配られているガラケーで通話していると言う事は、学内関係者だろう。
後ろを歩く2人は義人がケースを菅原に当てないように気を遣いながらゆっくりと歩いている。
よくよく見ると、菅原は義人よりも少し背は高いものの歩き方が独特でゆっくりとしていた。
「俺も片手じゃダメ」
菅原は義人と同じケースの持ち手を両手で握っている。
「重いですね」
会話の仕方が分からず義人はふわふわと話して何とか気まずさを誤魔化していた。
「でもさあ、いいの?」
「え?」
ニヤ、と嫌な顔が見えた。
「か細い腕の方が藤崎くん的には良いんじゃない?女の子から遠のいたら、佐藤くんにムラムラしなくなるかもよ?」
「え、、いや、何で藤崎にムラムラされないといけないんですか。俺、彼女いますよ?彼女的にはこの力強さの方が良いですから」
あっはっはっ、と誤魔化して笑う。
(あっぶない、!!)
思わず一瞬取り乱しそうになった。
考えてもいなかった。
もしかしたら藤崎が自分の細さが好きだったかもしれない事。細さ故に女の子との近さを感じて自分を抱いていたのかもしれないと言う事。
義人の頭はまた嫌な方へと引っ張られ始めている。
(いやいやいや、落ち着け)
それよりもバレるわけにはいかないのだ。
先日藤崎と入山と決めた「学外に彼女がいるぞ作戦」を無理矢理実行に移したが、下手すぎて舌を噛みそうになった。
義人はまるっきり嘘が苦手だ。
「ふーん。俺は結構ねー、男の人には細くて良いねって言われるよ」
「ッ、」
「今のままの君で大丈夫?もっと可愛くしたら?お尻のケアとかしてる?肌だってすべすべもちもちじゃないと嫌われちゃうかもよ?」
怒涛の攻撃に義人は思わず顔を逸らし、ギッと歯を噛み締めた。
(尻のケア!?肌!?りいが買ってきたよく分からないボディソープとかけしょ、、化粧水?だっけ、乳液、だっけ?、で藤崎に念入りに洗われてるし風呂出たら色々顔とか身体に塗られてるっつの!!)
たまに身体中に保湿クリームを塗られながらセックスに移行されていくのももう2人の中では十八番だ。
「いや、、あの、彼女がくれたものなら使ってみてはいるので、」
「乳首のパックとかしてる?」
「ちッ!?!はあッ!?、、あ、すみません!」
くっはっはっ!と菅原がケラケラ楽しそうに笑う。義人は顔を真っ赤にして勢いよくそちらに向き直ってしまっていた。
「佐藤くん面白いなあ!」
小さな男の子がいたずらっぽく笑っているように見える菅原の笑顔に、義人は眉をハの字にした。
「ピンクで可愛い乳首の方が吸いたくなるでしょ?」
「な、な、何言ってるんですか!?」
平野が電話に集中している事をチラチラと見て確認しつつ、義人は小声で菅原に食いつく。
こんな会話を聞かれたら、自分も変態に思われてしまいかねない。
菅原は調子に乗った顔のまま、義人がこう言った話題が苦手なのだと瞬時に見抜いて攻め立てて来ていた。
「モテるよ〜、男の人からは特に」
「だから、男にモテたくないです。彼女一筋です」
いもしないものの話しをしてもリアルな感じが出ない。
(負けるな俺、押し通せ)
バレる訳にはいかなかった。
藤崎を守る為だから。
「、、、じゃあ藤崎くんもらっていーい?」
ビク、と肩が揺れる。
義人は下唇を噛んで耐えると、またにこやかな顔を作って菅原の方を向いた。
「あいつも彼女いるんで、放っておいてやって下さい」
「あ、別に付き合ってないなら君に許可貰わなくて良いのか」
「っ、」
「彼女いても関係ないよ〜、藤崎くんも浮気くらいするでしょ。とりあえず1回だけヤれればいいんだ〜」
ニコ、と笑った顔がこちらを向いている。
ほとんど変わらない高さの視線は何処か寂しげで、義人は菅原の強気な発言にショックを受けつつも違和感を感じた。
「君と付き合ってても正直関係ないんだけどさ。まあ知り合いの子だから、俺とヤッて誰かに恨まれたら可哀想だから手加減してたんだけど、もういいよね」
「、、、」
「じゃあ藤崎くんはもら、」
「疲れませんか?」
「ッえ?」
ハッとしたような顔が見えた。
「あ、」
義人は自分の口から漏れ出た言葉に、自分自身で驚いている。
「、、、なに?」
菅原も驚いて目を見開いていた。
ぽかんとした間の抜けた顔は幼さが見える様だ。
「あ、や、何か、、、お疲れな、感じがしたので」
「、、、は?うざ」
(こっっわ、、!)
無言のままスタスタと歩き出す菅原に、電話を終えた平野が「ここでーす」と声を掛けた。
やっと1年生の教室に着いたらしい。
ともだちにシェアしよう!