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第18話「反撃」

「ほらほら行くよー!」 グイグイと引かれる腕。 1年生の教室にケースを届けた後、即座に「じゃあ俺はこれで!」と言ってダッシュで逃げようとした義人の腕を捕まえたのは平野で、お礼と昼休みを削ってしまった謝罪と言う事で500円玉を渡された。 そして次の瞬間に、菅原に腕を抱え込まれて捕まった。 「何かごめん、、逃げたかったんだね」 平野は感情の起伏があまりないが、今回ばかりは義人の項垂れように同情し、肩をぽんぽんを摩ってくれる。 心底申し訳なさそうに眉が垂れ下がっていた。 「大丈夫です、、500円、今日のお昼に使います。ありがとうございます」 「こっちこそありがとう、、あとやっぱごめん」 隣にいる菅原は教室にいた何人かの学生に手を振り、平野と別れて義人を無理矢理引っ張りながら食堂を目指して歩き始めた。 「藤崎くんは〜どっこっかな〜!」 「、、、」 楽しげな菅原と違い、義人は何も楽しくない。 加えて、この状況を藤崎に見つかってからが恐ろしい。まず研究室に行くと言う連絡を入れていなかったところから怒られるだろう。 「菅原さん、歩けますから、腕やめて下さい」 「ダーメ!付き合ってないんでしょ?だったら藤崎くんに俺達の仲良し見てもらおうよ」 「付き合ってないですけど俺達仲良しじゃないですよね」 こうまで否定させられると段々と気分は悪くなってくる。 どうして自分ばかりこんな事に巻き込まれるのだろうか。 見えてきた11号館A棟を前に、義人はせめて平野に話しかけられた時点で藤崎に連絡すべきだったと後悔した。 「あ、佐藤、、何で菅原さん?」 「は、、?」 黙って携帯電話を睨んでいた藤崎は隣に座る遠藤の視線を追って廊下の影を見つめる。 向かって右側は義人に違いない。 入山と別れてテキストを取りにロッカーに向かったのは知っているが、それにしても食堂に来る時間が遅すぎる。 そして、向かって左側はその義人の腕に絡みついている菅原だった。 「藤崎くぅーん!」 ぶんぶんと隣で手を振る菅原にため息を漏らしながら、義人は視線の先のテーブルについている藤崎を見つめる。 一瞬明るくなった彼の表情はすぐさまこの隣の男に気がついて、無駄に整った顔は段々歪み、険しい表情になった。 (怒ってらっしゃる、、) ギロリと藤崎からの視線を受け、義人は悲しくなった。 俺は無実だ、と叫びたい。 「藤崎くんみーっけ!」 「女子高生かアンタは」 「あはは、藤崎不機嫌やば!」 (さらっと悪口言うな、相手助手だぞ) 藤崎のあからさまな不機嫌モードが始まり、隣に座っている遠藤は楽しげに笑う。 義人はそんな藤崎の態度に呆れつつ、結果的に連れて来てしまった菅原がやっと腕を離した事により妙な悪寒から解放された。 「藤崎くん、ほんとかっこいいねー!遠くから見てもイケメンだった!」 わざわざ藤崎の隣に回ると、義人に見せつけるようにテーブルに腰掛けて藤崎の腕に触る菅原。 (ぁ、、) 自分達が揃って並んだところをきちんと見たことがない義人は、藤崎の隣に独特な美しさを持った菅原が並んだ様を見てチクンと胸を痛めた。 どちらも格好良く、絵になる構図が羨ましいほどハマって見える。 (俺って、あんな風にはきっと見えないんだろうなあ) 似合っていると言う話を持ち出すなら、きっと1番は綺麗で細い女の子。 自分か菅原かと問われれば、義人から見ると菅原の方が藤崎の隣には似合って見えてしまった。 「、、、」 「離れて下さい」 「やだやだ〜」 そんな会話さえ、遠くに聞こえる。 どうせ同性愛者なら、見た目がいい人と付き合った方が、綺麗で嫌悪感もないのかもしれない。 どうせ付き合うなら、自分なんかより、菅原の方が綺麗で、女の子に近くて。 「、、、」 骨張って少し筋肉がついた自分よりも、抱きたいと思うのではないかと。 義人は余計な事を思い描いてしまった。 (藤崎は、本当は、どうしたいんだろう) 考えはしなかったのだろうか。 菅原と付き合うという事。 そんな事をもし藤崎が考えていたらと思うと、義人はそれすら嫌悪してしまった。 そんな事を考えるくらいなら、いっそ別れてほしいと思うくらいに辛く悲しい。 「藤崎くん、大好き〜」 「腕放して下さい」 (実はそこまで、嫌じゃないとか。迷ってたりしたら、どうしよう) 事実、やわやわと腕を振り払うだけで藤崎はキツく菅原を拒絶しない。 それが大城や光緒の為だとしても、義人からすれば面白くはなかった。 「いい加減にして下さい」 「つれないな〜、君は」 だが、どうせ自分も付き合ってますと胸を張って言えない。 いない彼女をいる事にして、作り話をしなければいけない。 この関係に意味はあるのだろうか。藤崎に相応しくない自分がいつまでも隣にいて良いのだろうか。 もう、1年もそばにいられたじゃないか。 (十分、幸せだった) 塞ぎ込む頭は下らない被害妄想ばかりを繰り返している。 『結婚を前提に、俺と付き合ってください』 義人に対しては馬鹿正直な藤崎だから、その言葉にきっと嘘は無い。藤崎を信じて1年もそばにいられた事は、義人の人生でこの上ない程、素晴らしい時間だった。 だからもし菅原の事を少しでも藤崎が考えているのなら、この席は譲るべきかもしれない。 そこまで自分を追い込み、沈み切ったときだった。 「他の子はもっと素直だよー?」 ふと、そんな言葉が聞こえた。 「、、、ん?」 俯いていた視線をバッと上げ、義人は目の前で顔を近づけて藤崎と話す菅原を見つめる。 「離れて下さい。知りません」 「もっと素直になってよ〜。面倒くさいなあ。佐藤くんは君と付き合ってないんでしょー?今フリーなら誰でもいいじゃん。俺にしよ?」 義人の頭に、ボンボン、と疑問が浮かんでくる。 (他の子?素直?面倒?誰でも良い?) グッと握り込んだ拳に、爪が食い込んだ。 「ちょっとだけ可愛い性格になってくれたら、俺、すんごい甘やかしちゃうんだけどなあ」 静かに藤崎の隣からそれを眺めていた遠藤は、口角を吊り上げて義人に声をかける。 「顔ヤバイぞー、佐藤」 そうして頭の片隅で、ブツッと何かが切れた音がした。 「はあ?」 「?」 「っ、佐藤くん?」 昼食を受け取り、義人達の姿を見つけて何事かとこちらに小走りで近づいていた入山と滝野、西野が足を止める。 義人は菅原の物言いに納得がいかず、低く唸るような声を出していた。 「えーっと?」 訳が分からないと言いたげな顔をこちらに向ける。 幸いにも食堂内の席が空いておらず、食堂から出た広間の奥の隅の席で巻き起こってる異様な雰囲気には誰も目をくれていない。 「菅原さん」 「え、うん?」 「何もわかってないんですね」 「は、、い?」 抱え込み過ぎて我慢出来なくなった怒りは菅原に対してではなく、主に藤崎に対してのそれだった。 「藤崎と付き合いたいなら他のヤツのことなんて考えてる暇ありませんよ!!」 ギャン!といつもの義人らしく、歯を剥き出して怒り始める。 「顔!!だけ!!は!!、無駄にいいんで、そいつすんげーモテますから。少しでも目を放すとすぐに告白されてますから!!」 「え、いや、佐藤くん?」 豹変した義人の態度に、流石の菅原もある種のヤバさを感じて藤崎のついているテーブルから降り、義人を宥めようと胸の前で手を振った。 「落ち着いてよー、急に何言って、」 「素直になれって言いましたけど、そいつ十分素直ですよ!!欲望に忠実で困ってるんですこっちは!!身がもたねえ!!もう少しひねくれてた方がこっちだってやりやすいんですよ色々!!ストレート過ぎるし言葉選ばず言ってくるから一々こっちが恥ずかしいし!!」 「あれ?これもしかして俺への不満?」 「静かにしろ、面白いところなんだから」 藤崎は突然始まった怒涛の義人から自分への文句に、ザワザワと肌が疼く。 隣にいる遠藤は小さく肩を震わせながら、藤崎が余計な事を言わないように肩を叩いて止めた。 「確かに性格は可愛くないですね!!めっちゃ分かりますよホントに!!」 「佐藤くん落ち着いて、!」 テーブルの近くまで来た義人は瞬きすらせず、菅原を凝視して離さない。 「でも可愛かったら逆に困りますからね!?時々でる真っ黒なところとか、たまに出す変態さがないと隣にいられる訳ないでしょ!!完璧過ぎたらコイツ人殺しますよ!!そんなんサイコパスだろ!!ウザいっすよ本当に!!調子乗るし!!」 「うん、、、?」 「あと甘やかすのは絶対ダメ!!つけあがるんで!!」 「あ、はい」 「だから!!」 「!?」 バンッ!! 大きく音を立ててテーブルに手をつくと、菅原の肩がビクンと驚く。 テーブルに置いていたグラスの中の水が、たゆんたゆんと面白そうに揺れている。 「そんなに今の藤崎が嫌なら、近づかないで下さい」 見た目だけで寄り付く人間に、藤崎を渡す気はさらさらになかった。 そんなものは藤崎の周りに湧く見た目重視のスペックだけを求めて寄ってくる女の子達と変わらないのだ。 義人はそこまで言い切ると、菅原を睨み上げる。 「誰かにもらえなかった愛情を、テキトーに藤崎で埋めようとしてるなら、やめて下さい」 藤崎はその言葉にドクンと胸が波立つのを感じた。 初めて見せてくれた義人から自分への意志に、ときめく胸は落ち着かない。 (あー、、俺のこと、好きなんだ) グッと、藤崎は両手を握り締めた。 愛していると伝え続けて、常に義人の不安を取り除いて来た側だった彼の中の、義人への安心感が大きくなる。 ただでさえシャイで惚気ない義人の真剣な想いに触れて、酷く力が抜けた。 「、、あはは」 「うはははははは!!佐藤よく言ったー!お前のそういうとこ本当に好き!!」 藤崎が笑い出し、隣の遠藤は更に大きな声で笑ってそう言うと、テーブルをバシバシと叩く。 「え、、、え!?あ、!!!」 自分がしでかした事に気が付いた義人は、途端に顔を真っ赤にして息が詰まった。 「ちが、あの、って、コイツの彼女が言ってました!!」 「うはははははは!!!」 「いやー、惚気られちゃった〜」 「藤崎うるせえぞ!!」 「、、、」 義人の後ろにいる入山も滝野も笑いを堪えているが、西野だけは唖然としている。 それは、菅原も同じだった。 (何だコイツ) そして歯を食いしばりながら、顔を真っ赤にして藤崎に「フォローしろよ!!」とキレている義人を睨んだ。 (何なんだコイツ!!) 『誰かにもらえなかった愛情を、』 脳裏に蘇った声に、お前に何が分かる、と。 煮え繰り返った腹を抱えて、先程までの笑顔を消し、涙を浮かべた。

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