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第19話「失態」

「痛い痛い痛い痛い痛い!!」 「佐藤くん最高、、最高過ぎて苦しい」 「嬉しいのは分かるけどさあ久遠、落ち着けよ」 昼休み後半。 食べ終えた食器をテーブルの上で重ね、義人達は菅原が消えた学食を出たところにある広間でのんびりと休憩していた。 義人と藤崎はと言うと、義人が言い放ったありったけの文句と不満、もとい、惚気に藤崎が感動し、先程から泣きそうな顔で義人の手を握って抱え込み、悶絶しながら椅子に座ってうずくまっている。 滝野は義人の腕がもげそうで心配だった。 「久遠、絶対義人が腕痛めるから、」 「痛い痛い痛い既に痛い!!」 「佐藤くんが、、佐藤くんが、、!」 藤崎にとっては目の前で奇跡が起こってしまったのだ。 いつもは格好付けで完璧にそれが型にハマるイケメンでも、普段ツンとしている恋人の惚気には勝てないようで、彼は今胸のときめきで身体と脳が壊れそうになりつつ、下半身が勃起しそうになっているのを密かに堪えている。 「そう言う事だったんだあ、、」 何も知らされていなかった西野は、唖然としながら入山と遠藤の間に座っていた。 「本当にごめんね、優花。黙ってて」 入山は顔の前で手を合わせ、目を瞑りながら西野に謝罪している。 大学内で義人と久遠の関係を知っているのは、滝野、入山の藤崎から報告した2人。それから、自力で勘づいた遠藤の3人だけだった。 そこに今回、義人の失態により新たに西野が加わる事となった。 「あ、良いよ良いよ、そう言うの。確かに傷付きはするけど、普通の男女と違うんだもん。言いにくいよねえ。あ、勿論、誰にも言わないからそこは信用してね」 西野は基本的に嘘をつかれたり隠し事をされたりしても気にしないたちらしく、快く義人達の事を許してグラスに入った水を飲む。 西野と義人達に少し距離があるのは、西野が広く浅い付き合いをする人間だからだった。普段義人達といるときが多いが、休日に遊ぶのは同じ高校だった友人達との方が多い。 表面だけと言う言い方は悪いが、あまり根深くどこかのグループに入り込むのは避けているタイプだった。 「それに多分、やっと皆んなに慣れて、藤崎くんと佐藤くんが仲良いの知ってるから付き合ってるって言われてもちょっとビックリしただけだけど、1年の頃に言われてたら普通に引いたと思うし」 サラッと人の胸を突き刺す言葉に、思わず腕の痛さを忘れて義人は西野の方を向く。 「私、藤崎くんも佐藤くんも苦手だったから。と言うか、男の子があんまり。それに麗奈ちゃんと藤崎くんの事もあったでしょ?」 久々に出た名前が、すぐさま斉藤の事だとは誰も気が付かなかった。滝野に至っては接点がなく、「誰?」と入山に聞いている。 藤崎はまだ「佐藤くんが、、」と小声でゴニョゴニョ言っていて、義人だけが真剣に西野を見つめていた。 「私は、悪いところもたくさんあったけど麗奈ちゃんのこと好きだったから、藤崎くんの麗奈ちゃんに対する扱いが一時期許せなくて、ちょっと距離置いてたんだよ。今はもう何とも思わないし、良い人なのは分かるけど」 淡々と言葉は紡がれた。 義人からすれば一時期西野は藤崎が好きなのではないかと思う程、話しかけたりしている事が多かった。だから、彼女なりに一線引いていたと言う今の発言には驚くばかりだ。 斉藤の事を今も覚えていて、嫌っていなかったと言うのも意外だった。 「あれは、、藤崎からすれば結構、厄介な事になってたみたいで、」 「うん、だろうね。違うよ、責めたいとかじゃなくて!今2人の事が聞けて、良かったなって。タイミング的に」 「ああ、うん。そっか」 退学してしまった斉藤と西野は未だにたまに連絡を取っては会っているらしい。 「、、、」 白いテーブルの上に置かれた透明なコップを見つめて、義人は黙り込んだ。 そして、藤崎に握られている右手に力を込めた。 「?」 気がついた藤崎が、黙って久しぶりに顔を上げる。隣にいる義人を見つめ、彼もまた黙っていた。 誰かにとっての誰かは、その人の一面でしかない。 義人はまた菅原を思い出し、その影を自分に重ねているのだ。 「、、、」 斉藤は義人と藤崎にとって迷惑な班員だった。それは2人を作り上げる要素の内のひとつ、性別が男性と言う事が根強く絡んでいる。 斉藤は大学入学と共に彼氏が欲しかった。 最初に目に付いたのは見た目が派手で目立った存在だった同じクラスの藤崎。身長もルックスも一流で、すれ違う女の子は思わずそちらを振り返ってしまう美男子。 だが斉藤の想いは呆気なく終わる。 そのときにはもう、藤崎は義人以外に興味がなかった。 次に斉藤が興味を持ったのは義人で、この想いも呆気なく終わる。藤崎が義人と斉藤のイベントをぶち壊し、結局義人は藤崎と付き合う事になった。 この一連の流れで、義人達の中での斉藤は入山に迷惑をかける無責任で、藤崎でも義人でも誰でも良いから彼氏が欲しいと勉強や課題そっちのけで奔走する理解できない生き物になってしまった。 けれど、西野からすれば斉藤はそう言うものではなかったのかもしれない。 男子でなければ。男が目の前にいなければ。 斉藤はもしかしたら公平で、優しく、ただ騒がしくて明るくノリのいい、少しワガママな女の子に過ぎなかったのかもしれない。 (だったら、菅原さんも、) きっと菅原もそうなのだ。 義人や藤崎からしたらとんでもない助手でも、藤崎が関わっていなかったら良い人かもしれない。 見えているのは一面だけで、菅原の他の面は見えていない。 (あの傷ついた顔は、何だったんだろう) 自分がぶつけた言葉に涙を溜めて、歯を食いしばって苦しげに表情を歪めた菅原が、義人の脳裏に焼き付いて消えない。 「、、、」 藤崎と付き合っていると、あんなに堂々と言ってしまった。 あの悪い助手はもしかしたらそれを利用して藤崎を脅しにくるかもしれない。なのに、彼は顔隠すように後ろに向き直って、ブーツの音を響かせながら走り去ってしまった。 不安は拭えないけれど、義人はどうにも菅原を「悪い人」として見る事ができないでいる。 (大丈夫かな、、できたら誰にも言わないで欲しいけど、藤崎がもし脅されたら、、俺のせいだ。俺が、追い詰める事をしたんだ) 「、、、」 「佐藤くん」 落ち着いた声に呼ばれて、義人は視線を横に振る。困ったように笑う藤崎がいた。 「大丈夫だよ」 「ッ、、だって俺、余計なこと言っちゃったし」 「大丈夫」 繋がれた手が、きゅ、と強く握られる。 「俺は大丈夫だから、心配しないで。何かあったら、もう、光緒にでも大城教授にでも言って、とことんやめさせるから」 「え、いやでもそれは、」 「佐藤くんがあんなに頑張って撃退してくれたのに、俺が頑張らないの不公平だろ」 頑張っていない訳はない。 付き纏われたのは藤崎なのだ。見た目がどうとか言うだけでああ言った表面にしか興味のない輩に絡まれるのだから、藤崎の方が理不尽でならない。 自分を安心させようと笑う藤崎に、また胸がぎゅっと締め付けられた。 「よーしーとー、やっとこいつが意地張るのやめたんだから、心配すんなよ」 「え?」 「光緒のお父さんに頼めばあーゆーのは1発だから大丈夫。俺、菅原さんが助手してる西宮さんにも会った事あるけど、あの人めっちゃ良い人だから。話せば分かってくれる」 滝野が藤崎の肩に肘を置きながらこちらを向き、ニッと笑う。 藤崎は義人にまで付き纏われた事を知った今、もはや手段は選ばず、意地を張るのをやめて光緒達に頼る方が得策だと考えた。 守れると思っていたし、義人にそこまで興味を抱いていないと思っていた菅原は、あちらもあちらで手段を選ばず2人の関係を壊そうとしてきている。 (ちょっと甘く見てた) 義人に触られた事自体が不快で仕方ない。 自分の恋人を汚されたくない藤崎は、やっと意地を捨てて前を向いた。 (藤崎がそう言うなら、、後は任せよう) 義人は肩の荷を下ろした。 菅原がそれでも藤崎を追うなら、確実に2人が付き合っていると言う噂が流される事はない。 けれどもし、今日義人が言った言葉に怒り、ただ2人の関係を壊そうとするなら、佐藤義人と藤崎久遠が「ゲイ」と言う噂は、明日にでも造建のどの学年にも広まるだろう。 (明日次第か) 義人は不安を抱えたまま、もしバレたらどうなるのだろう、と。 ただ少し震える手を、もう一度藤崎に握り返された。

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