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第21話「幻想」

『誰かにもらえなかった愛情を、テキトーに藤崎で埋めようとしてるなら、やめて下さい』 今まさに菅原がしているこれこそが、義人の言った事だった。 「あぁあっ、イイッ、入っちゃったあっ!」 本名も知らない、素性も知らない、何の仕事をしているのかも、本当の歳も知らない。 菅原は誰にももらえなかった愛情を、テキトーな女で埋め合わせているだけだ。 脳裏に蘇る空っぽで乾いた部屋の記憶を遠ざける為に女を抱いて、男に抱かれる。そうしている今だけなら、菅原の心は満たされるのだ。 満たされていた、筈なのだ。 (クソガキ、クソガキクソガキッ!!) 満たされない。 怒りやら悲しみやらが込み上げてきて、行為に集中できなかった。 相手のイイトコロなんて探りもせず、何度目かのゆりとのセックスを菅原はめちゃくちゃにしていく。 彼女は荒っぽく抱かれるのも好ましく思う傾向にあって、何も文句を言わずにされるがままにズボズボと菅原のそれを出し入れされて甘い声をあげていた。 一方の菅原の中では、どうしても頭から消えない義人とゆりを置き換えて、その苛立ちを頭の中の彼にぶつけている。 『やめ、やめて下さいッ、やめてッ!!』 夢中に腰を振った。 頭の中の義人は、菅原に辱めを受けている。 藤崎のいない知らないホテルに連れ込まれ、大嫌いで藤崎を狙っていた筈の自分に抵抗も出来ず抱かれているのだ。 丁寧にほぐしてもやらなかった、藤崎しか知らないだろう後ろの穴に菅原のものを咥えさせられ、手をガッチリと掴まれて身動きが取れずに泣いている。 『アッ、いやだ、ぁあッ!やめて下さッ、んうッ!』 「はアッ、、ハアッ、ハアッ」 それは段々と菅原の頭を覚醒させ、この組み敷いている男の、佐藤義人の何が気に入らなかったのかを冷静に思い出させる。 パンパンになっていた筈の頭は逆に、視界がはっきりとしてきていた。 「はあ、ッ、ん、はあッ」 「イイッ、そこ気持ちい、あっあっ!」 現実のゆりの声と妄想の義人の声は高さが違いすぎて決して交わらない。 それでも菅原の見る景色には乱れる義人がいて、自分の性器で奥のイイトコロを突かれ、漏らしたくもないだろう甘くとろけた声を響かせている。 (何なんだよ、お前、、何で、) 菅原の目にじわりと涙が浮かんだ。 「ゆ、うきって、、」 そして妄想の中の義人に、縋るような目を向ける。 「ゆうきって、呼んで」 「あんッ、あっあっあっ、ゆ、ゆう、きッ」 『有紀ッ、ゆう、きッ』 「ッ、、!」 名前を呼ばれた瞬間、菅原は動きを激しくした。 乱れる義人の姿は、思っていたよりも菅原を興奮させている。 あの、人を殺すような目が、リオンのSNSの写真で見た藤崎に向けられていた視線のように甘く切なげな色に変わって、藤崎を呼ぶような声で愛しげに自分を呼ぶ。 それは菅原にとって、余りにも甘美な幻想だった。 『有紀、ダメだから、お願いッ、もう、!』 「はあッ、、はあッ、、よ、」 そしてそれは段々と、恐ろしい欲望に変わっていく。 「よし、と、、」 思わず口が、愛しげに彼の名前を呼んだ。 『誰かにもらえなかった愛情を、テキトーに藤崎で埋めようとしてるなら、やめて下さい』 あの言葉を言われたとき、菅原は死ぬ程恥ずかしくなった。 平野の手伝いをしていたとき、散々嫌味を言ったのに義人は一度も持っていた重たい荷物を自分にぶつけないよう気を遣いながら隣を歩いていた。自分がわざとゆっくり歩いているのに合わせて、話なんて聞かなくてもいいのに同じようにゆっくり歩きながらきちんと顔を見て自分の話を聞いていた。 生真面目そうで神経質そうな顔をしているくせに、細やかな気遣いをして何を言っても耐えた歳下の学生に、菅原はムキになって藤崎を奪ってやろうとたくさんの嫌がらせをした。 それなのに。 『疲れませんか?』 間の抜けたような義人は、菅原を気遣うようにそう言ったのだ。 (俺は、何がしたかったんだっけ、、?) 「ぁあんッ、あん!イク、イっちゃうう!!」 下肢に走る甘い快感。 菅原のものを締め上げるゆりの膣が、一層大きく痙攣するように縮こまる。 (まだ、足りない) 絶頂したゆりの身体を気遣う事もなく、菅原は腰を止めないで彼女の穴の奥を突きまくった。 「今イったの、いま、あッ、ぁああッ、イったの、イったのぉ、やめてえ、ああッ」 低い声は聞こえづらくて彼の耳に半分も音が届いていない。 ぎゅんっ、ぎゅんっ、とリズミカルに彼女の膣が締まる。 ただ無意識の内に逃げようとするゆりの身体を掴み、菅原は手加減せずに拘束して腰を動かし続けた。 『有紀、やだっ、おかしくなる、そこッ、おかしくなるう!!』 「ッ、」 どうして嫌な事をしたのに自分に優しくしたのか。どうしてあんな言葉を掛けたのか。 菅原には義人が理解できなかった。 『そこダメぇ!!ああっ、嫌だ、有紀っ!!』 「はあッ、はあ、」 疑問、苛立ち、嫌悪感が混ざって溶け合って、菅原の身体に纏わりついて離れない。 そしてそれが段々と、よく分からない感情に変化しつつあった。 『有紀っ、ゆうきいッ』 「ッあ、はあッ、、はあッ、、」 頭の中の義人に、手を伸ばしたいと思ったのだ。 『そんなに今の藤崎が嫌なら、近づかないで下さい』 そう言ったときの義人のような誰かに、守られてみたかった。 自分の立場が危うくなっても、誠実に愛してくれる人が欲しかった。 菅原は義人に言い返されたあの11号館の広間の隅で、壊してやろうと思っていた2人に返り討ちにされた敗北感と、1番自分が欲しがっている愛を見せつけられて、その瞬間が恥ずかしくて逃げたのだ。 「義人ッ、、!」 ずっと誰かの特別になりたかった。 「義人、義人ッ!!」 絶対裏切らない、絶対自分だけを見てくれる、絶対いなくならない、そんな人の特別な誰かに。 「あんッ、中、中に出して、有紀、中にちょうだいッ、射精してえッ!」 『あッ、中、中がいい、んあっ、、有紀、中で射精して、お願いッ』 キュウッと穴が締まる。 懇願する義人を見下ろして、いつの間にか満たされた心で菅原はゆりの中に精液を吐き出した。 それと同時に、パタ、と女の白い腹の上に涙が溢れて落ちる。 泣いているのに、とてつもない満足感と幸福感で胸がいっぱいになった彼は、しばらく動くことが出来なかった。

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