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第24話「接近」
「こんにちは」
ただ延々と、彼はセックスしていない時間が寂しかっただけだ。
「ひッッ!!?」
あれから1週間以上経っても、義人と藤崎の噂が学内で持ち出される事はなかった。
土曜日にはのんびりと2人で溢れる肉汁ハンバーグが売りのレストランに行く程何もなかった。
菅原の姿も見なくなり、逆に風邪でも引いたのかと皆んなで噂をしていた頃。
半信半疑であっても菅原が現れない事で災難が去ったと安心していた義人の目の前に、その男はひょっこりと現れた。
「随分怖がるじゃん」
菅原は、月曜日の1、2限の第二選択授業で絵画を選択し、自然の中にあるものを探してオアシスをうろついていた義人を見つけ、草むらの手前で座り込んでいる彼に合わせてしゃがみ込んだ。
「自然の中にある柄を探せ」が義人の授業の今日の課題だった。入山と同じガラス工芸は第一選択授業である。
「いや、あの、、お、お疲れ様です、」
完全に自分を怖がっている義人を見ながら、ヒールだとしゃがみにくいな、と考えて菅原はため息をついた。
そのため息にすら、義人はビクッと肩を震わせて何とか距離を取ろうとしている。
「あのさあ、」
「はいッ」
ピン!と背筋を伸ばして返事を返す。
「、、ちょっと、一緒にいてもいい?」
「え?」
ポカンとした。
「怖いこと、しないから」
ザアア、と少し強い風が吹くと、菅原のきめ細かい黒髪がそれに攫われて揺れる。
金縁の丸眼鏡は木漏れ日を受けてキラキラと輝いて眩しく、義人はやっと、初めて、本当の菅原の顔を見たような気がした。
日本人らしい色の目がたっぷり光を吸い込んで真っ直ぐ義人を見つめている。
それは曇りがなくて、毒気の抜かれたような表情には怪しげな笑みも浮かんでいなかった。
「、、どうぞ」
藤崎に、後でちゃんと会った事を話そう。
そう心に決めて、午前中のしばしの時間を義人は菅原と過ごす事になった。
「君って高校どこだったの?」
「幡地原(はたちはら)高校です」
義人は警戒心を解いてはいない。
前回のときのような嫌味や、もしかしたら藤崎との関係をバラされたくなかったら別れろ、と言ってくる気かもしれない、と少し身構えている。
風が抜けるとザワザワと木々が揺れた。
義人はそこに生えている草や葉をもいで手元に集め、葉脈を眺めている。
「幡地原か。部活は?」
「あー、やってなかったんです。父にそれより勉強しろってずっと塾とか予備校に通わされてたので」
「美大の為に?」
「いえ、父は俺を医大に入れたかったので、頭悪いのを気にして」
受験では勿論、父が入れようとしていた高校には入れず終いだった。
ふふ、と懐かしむように義人が笑う。その顔は少し困ったように見えた。
実家暮らしでなくなった今なら父親との距離もあり、こうして思い出に浸るようにその頃が思い出せるけれど、彼からしたら高校受験から大学受験までの3年間はまさに地獄のような日々だった。
「頭悪いの?」
「悪いですよ」
身構えているのは何となく分かるが、それでも義人が自分とあまりにも普通に話すところを見て、菅原は少し安堵していた。
拒否をされない事は今の彼にとって何より有難い。そばに藤崎がいない事も好都合だった。
「そうは見えないけど」
「そうですか?ありがとうございます」
先日のように自分が敵意を見せなければ、義人はこんなにも呑気に喋るのだ。
菅原は服が汚れるのも気にせず草の上にドサ、と座って義人を横目に見つめた。
(睫毛長いな)
「、、藤崎くんのどこが好きなの?」
ポツリとそんな質問をする。
「えッ!?いや、だから俺は、」
「付き合ってるのバラされたくなかったら教えて」
「うっ、、」
ここで脅すのか、と義人は困惑しながら菅原に視線を返す。
悪意のない無表情だった。
持っていた葉っぱをポイ、と草むらに投げると、義人は小さく息をついた。
「見た目は、勿論好きです」
(あ。真面目に答えてくれるんだ)
別に答えなくても2人の関係をバラす気なんてさらさらに無かった菅原は少し面を食らう。
あまりにも義人は真面目で、冗談が通じないタイプだった事が面白かった。
そして、藤崎の事を考えながら唇を開く彼の表情に、一瞬にして魅入っていた。
「、、、」
どうしてそんな顔ができるのだろうか。
少し赤く染まった頬は愛らしく、視線は彼から藤崎への愛を物語るように細められている。
(好き、なんだなあ)
人に執着した事のない、セックスに愛を持ち込んだ事のない菅原でも分かった。
義人の全てが、藤崎への想いで溢れていると言う事。
「馬鹿なんですけど、俺は頭が硬いからあのくらいふざけてくれる奴で良かったなって。周りによく言われるんですけど、バランス?取れてるなあ、と思います」
「、、、」
「アイツ、ちゃんと俺のこと見ててくれるんです」
「どんな風に?」
また違う葉を千切る義人の指を見つめる。
白くて細い、女性のようになめらかな指だった。
「んーと、、どんな事考えてるのかとか、何で俺が笑ったのかとか、怒ったのかとか、、付き合う前、自分に自信がなかった俺に初めて、その、、」
話しながら義人は嬉しそうに笑う。
「真面目で、課題もちゃんとやってるし、ちゃんとしてるんだから自信持てって言ってくれて、、そう言う事言ってくれる俺のこと見ててくれる友達がいなかったから、本当に嬉しかったんです」
近い友人にはあまりこう言う事を言わない。
義人はある意味、菅原は貴重な存在のように思えた。
他人だからこそ多少なら素直に藤崎の事が話せる。無論、菅原が藤崎をどう言う想いで見ているのかは分からなかったが、今は敵意も見えず、思わず舌が乗った。
饒舌に話す義人を眺めながら、菅原は少し顔をムッとする。
「何で友達止まりじゃダメだったの」
菅原の不機嫌そうな声に義人は思わずそちらを向いた。
(やっぱり、藤崎のこと、普通に好きなのかな)
義人から視線を外して、彼は自分の足を置いているコンクリートの詰まった地面を見ている。
隣から覗いたその顔はやたらと寂しそうに見えた。
「えっ、と?」
「友達でも良かったでしょ、藤崎くんと」
菅原はヒールの先でコンクリートの上に転がっている小さな石を蹴る。
コロコロコロ、と転がったそれは、鯉が泳いでいる池のそばで止まった。
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