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第26話「感謝」

その人をどうして好きになったか、と、口にできる人が羨ましくも思う。 義人は藤崎を好きになったばかりで、うまく口には出せなかった。ただ、どっかりと胸の中にあるのだ。 藤崎と言う存在が、そこに。 「えっ、菅原さんに会ったの!?」 「うん。でも何かこないだまでと雰囲気全然違くて、えーと、、普通に話した」 「何を?」 昼休みに藤崎と合流した。 珍しく2人以外にはまだ誰も食堂に現れておらず、早めに席を取れた義人と藤崎はお互いにラーメンをテーブルの上に乗せている。 義人は先程の授業中に菅原と遭遇した事を藤崎に伝えたが、予想通り彼はその整い切った顔を不機嫌に歪ませてしまった。 「何って、、その、」 義人としては一番話しにくい内容だ。 先日犯した失態と違い、今回は菅原に問われるままに藤崎のどこがどう好きなのか等を、彼としては割と具体的に答えてしまったのだ。 つまり、大々的に惚気てきた訳だった。 「何言われたの。話しにくいこと?」 藤崎は菅原が義人に近づいた事がまず気に入っていない。 心配な面もあってラーメンに手をつけず義人の方を向いたまま、少しずつ人が入り始めた学食で2人は悩ましい顔をしていた。 (言えない、、お前のこと自慢してきたとかお前のことどう思ってるか聞かれたとか言ったら藤崎絶対調子乗るし俺が羞恥心で先に死ぬ!!) 義人は思い出しただけでボンッと顔を赤くする。 「えーっと、あのー、えっと、」 「え、何で顔赤くなるのそこで!何聞かれたの佐藤くん、まさか下ネタ!?セクハラされた!?」 藤崎は藤崎で義人が会話の内容を思い出すと共に顔を赤らめたのを見逃すはずもなく、義人の肩を掴んで「詳しく!!」と前後に小刻みに揺すり始める。 「や、ほんと、平和的な会話で、」 「平和的な会話でそんなに赤くなるの?違うでしょ絶対。何言われた!?」 ガクガクガクガクと頭が前後に揺さぶられ、義人は少しずつ気持ち悪くなってきた。 「藤崎、落ち着いて。ほんと何か、、出身校の事とか部活の話しただけ」 ポン、と藤崎の肩を叩いて落ち着かせると、義人の顔を凝視して疑いながらも、揺さぶられていた肩から手が離れていく。 「何で今更佐藤くんにそんな話、、」 少し拗ねているのは、やはりすぐに自分に連絡が来なかったからだろう。 「あの人、やっぱお前の事普通に好きなんじゃないかな」 「それはない」 「えー、、でも何で俺がお前と付き合ってるのかとかも聞かれたから、そうなんじゃないかなあ」 「、、それなんて答えたの?」 「うっ、」 その部分は黙って押し通そうと考えていたのだが、義人は自分の考えと状況を伝えようとしすぎてつい藤崎にその質問を漏らしてしまった。 すかさず、ラーメンを食べようとしていた両者の手が止まる。 「それっぽく言っといた」 「ふーーーん?」 「言わないからな」 口を尖らせて掬い上げた麺にふー、ふー、と息を吹きかける。 ラーメンの熱さのせいではない顔の赤さに、藤崎はニヤニヤと笑った。 「可愛い抱きたい」 「お前って本当に脳とちんこ直結してるよな」 義人は藤崎からすれば本当にシャイで可愛らしい。 彼が純粋に意地を張っていただけだと知ると、藤崎は一旦落ち着いた。菅原が義人に危害を加える為に近づいた訳ではない事を理解したのだ。 「あと、俺達が付き合ってること、言いふらさないからって言われた」 付き合ってる、の部分を先程からやたらと小声で言っている。 周りに学生が増えてきて義人の警戒心が上がり、プライベートな事が筒抜けにならないように、キョロキョロと近くを歩き去っていく人間がこちらの会話に聞き耳を立てていないかすらチェックしていた。 「そんなうまい話あるかな。何か企んでそうだなあ、あの人」 藤崎は低く唸りながらラーメンを食べ始める。 「そうか?」 「あー!いたいた。あれ、お前らまたラーメンか」 追い付いてきた滝野は例の如くカレーをトレーに乗せている。人の事が言えたタチではない程、彼もお決まりのメニューしか学食で頼まない。 窓側の端の席に並んで座っていた2人の内、1番端にいる義人の前に滝野が座る。 「おはよー」 「あーいたー!荷物頼んだ!」 「おー」 走ってきたらしい入山と遠藤がそれぞれ荷物を置いて券売機の列に並びに行く。 今日は何だか忙しない日だった。 「え、菅原さんと?義人が2人っきりで?何で逃げなかったんだよ」 事の次第を話すと、滝野は眉間に皺を寄せながらカレーを口に入れる。 学食のカレーは甘口と中辛のちょうど間ぐらいの味がした。 「いや、、何となく。ほんと、危ない感じが抜けてたから」 「んー、、とりあえず今度から久遠か俺呼べよ。いい加減にしないと光緒か大城さんに言うって伝えるから」 「ん、、分かった」 義人は一瞬思ってしまった。 先程のような雰囲気なら、実際に危害となるような事を菅原にされる事はないだろうと。 だからこそ、2人を呼ばなくてもいいような気がして少し小さな声で返事をした。 義人は未だに菅原が「悪い人」のように思えなかったのだ。 「、、、」 『疲れませんか?』 あの言葉を何故自分が言ったのか、義人はずっと考えていた。 ニコニコと笑いっぱなしの顔が、実は常に少し引き攣っていること。視線が全部何処か拗ねたような色だったこと。そして、纏う雰囲気に疲れが揺らいで見えたこと。 思い出せば、義人には菅原が不自然な違和感の塊に見えていた。 だからこそ言ったのだろう。 そんなに誰かに愛されようと頑張って、疲れませんか? 考えてみれば物凄く失礼な物言いだ。 自分だって誰かの愛を感じていたかったから藤崎と出会うまでに数人と付き合ったのではないか。心もなかったのに。 そんな状況だった自分が、ただやっと、隣の男を見つけられたと言うだけで。 一歩間違えれば、義人だって未だに菅原のように虚しさの中で苦しみ続けていたかもしれない。 「藤崎」 「ん?、、佐藤くん、ワカメついてる」 「あ?ん、ありがと」 唇に付いていたワカメの破片をペリッと藤崎が取ると、そのまま自分の口に入れてしまった。 「、、佐藤くん味」 「言うと思ったけどマジで言うとマジでキモい」 「あ?」 滝野の言葉に藤崎は途端に斜め前にある筈の滝野の足を探してテーブルの下で床を踏みつけ始める。 足を踏もうとしていた。 「いくらお前の脚が長くても届かねーよバーカ、いってぇ!!」 足を踏むのではなく普通に脛の辺りを蹴られた滝野は悶絶しながら屈む。 「藤崎。滝野も人の子だからやめてやれ」 「えー、こいつ人の子だったっけー」 「俺の親の顔覚えてるでしょ久遠ちゃん!!」 ギャーギャー騒ぐ男子のもとに、昼食を手に入れた入山と遠藤が加わった。 「そう言えば、昼休みのとき何言いかけたの?」 「今待ってな!!」 「あ、焦げてる」 オムライスの中身までは作れるようになった義人だが、やはり外見は難しい。 フライパンからうまい具合にボト、と、土曜日に2人で買ったばかりの白い皿に盛り付けた黄色いそれは黄色だけでなく表面の大部分は茶色く、また一部分は黒く仕上がっていた。 「くッ、またしてもこんな色に、、!」 「俺それ食べる」 「何でだよ、焦げてんだぞ。俺が食うよ」 「佐藤くんの愛情入りが食べたい。佐藤くんは俺が作ったこっちの愛情たっぷりの完璧なオムライスをどうぞ」 「クッソ綺麗だな」 義人に差し出されたのは先程藤崎がお手本で作ったお揃いの皿に乗った完璧なオムライスだった。焦げ目がなく均一な厚みのたまごに包まれた、パンパンにチキンライスが詰まったもの。 「あとハートはやめろ」 そしてその美しい黄色の上に真っ赤なケチャップで皿の上にはみ出したハートが描かれていた。 「愛が溢れた」 「いらん」 代わりに義人は自分が作って藤崎が食べるオムライスの上にケチャップで「たきの」と書いて渡した。無論、「何で滝野食べなきゃいけないの!!」とすぐさま藤崎が追加のケチャップでそれを掻き消してしまった。 「いただきます」 「いただきます。で、何だっけ?」 テレビの前のローテーブルに出来上がったオムライスを置き、義人と藤崎はラグの上に座った。 授業を終えて帰ってきた2人は夕飯の支度を済ませ、今やっと落ち着いてお互いの顔を見る。 ホッとする瞬間だった。 「ん?」 「さっきの、昼休みのときの?」 「あー、俺が佐藤くんの口についてたワカメ取ったとき、何か言おうとしてなかった?」 「あー、」 食堂で3人でふざけ始める前まで記憶を戻す。 「あー。うーんと」 確かに言おうとした事があった。 思い出すのは菅原の顔と、それから自分の父親の姿。 「んー、忘れた」 自分が言おうとしていた事を思い出し、それがあまりにも恥ずかしくて義人は誤魔化すようにそう言った。 「嘘だな。何言おうとしたの」 「わーすーれーたー」 口いっぱいにオムライスを頬張ると、バターたっぷりの卵の香りとチキンライス、それからケチャップの味が口内に広がる。 今日は何だか自分がおかしい、と義人はしつこく聞いてくる藤崎を無視してテレビをつけた。 「美味い」 自分の為に作られた完璧なオムライスと、藤崎に出したへんてこなオムライスを見つめる。 「コレも美味いよ」 藤崎はニッと笑った。 義人は恥ずかしかったのだ。 菅原と自分は似ているけれど、義人が藤崎と出会って一緒にいるからこそ、確実に違うものになれた事に気が付いてしまって。 出会ってくれて、ありがとう。 そう言おうとしていたのだと思い出して。

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