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第27話「代替」

呼び出した彼女は鈴城万里華(すずしろまりか)と言う。 菅原からすれば大学時代からの付き合いになるセックスをして一緒に寝る為の友人だが、西宮達以外で一番心を許せる相手だった。 「マリ」 「有紀〜、なあにその顔!珍しいね!」 いつも通りニカッと笑う彼女に対して、菅原は元気はないが安心したように笑い返す。 「ほら行こ!」 きゅ、と手が握られる。いつもの体温だった。 「ぁあッ、、!」 身体の相性がいいとお互いを気に入ったのがきっかけでこの関係はもう何年か続いている。 具合の良い膣に出し入れすると、甘ったるい声がホテルの一室に響いた。 「あぅっ、んっんっ」 「はあっ、、ぁ、」 そしてまた、菅原を義人の幻想が襲うのだった。 『優しく、して』 「ご、めん、、」 「えっ?ああッ、んっ、なに?」 最近、誰かを抱くたびに菅原は毎回泣いている。 今も後ろから万里華の中に自分を押し込みながら、頭の中の義人を想っては苦しくなり、涙をポタリと彼女の背中の白い肌の上に落とすのだ。 『優しくして、有紀』 そんな姿ばかりが浮かぶ。 そしてそれに興奮して何度も腰を振り、彼ではない女の中に精子を注いでいる。 苦しくなくなりたくて義人に会った筈が、菅原は余計に苦しくなっていた。 (もうやめたい) 誰か1人との関係に重きを置くなんて事を菅原はした事がなかった。 彼の周りの人間もそうだ。 類は友を呼ぶと言うように、彼と気の合う遊び人達は同じように何人も恋人を持っているか、1人と付き合っていても他にセックスだけ関係を持っている人間がわんさかいた。 それが当たり前だった。 脅して無理矢理に抱いた連中に目を向けたことはない。自分にハマり込んで子供まで出来た相手にすら興味を持てなかった。 (何でそんなに必死になる必要がある?) 彼はセックスができればそれで良かった。 何故ならそれだけで寂しさは埋まるのだ。愛されているのだと安心できる最高の材料はそれひとつで、何より手っ取り早かった。 心なんて持ち合わせなくても、彼の世界は回っていたのだ。 それが、ここ最近になって崩された。 由紀子が亡くなって以来、またポッカリ空いていた穴。セックスで埋めれば数時間は満たされていた穴。 それが今は誰を抱いても満たされなくなってしまった。 (もうやめたい) ベッドのホテルの上に肩で息をしながら菅原は仰向けに転がる。射精はし終えた。 自分の中から精液を掻き出し、ティッシュで股間を拭き取ると隣に擦り寄るように万里華が横になり、こちらを見ながら息を整えている。 「今日も、」 「ん?」 ふぅー、と息を大きく吐いて、どこかうっとりしたように彼女は笑いながら口紅が取れた口で言う。 「今日も、凄く優しかった」 「え?」 「前までは激しくて無理矢理されてるみたいで興奮したけど、最近の有紀は優しくて丁寧。皆んなにこうなの?」 ぼんやりと思い返す。 最近確かに、抱き終わった子にそう言われる事は多かった気がする。 菅原が横に広げた腕に万里華が頭を乗せた。 「最近、そう、、だね」 見上げた天井は真っ白で四角い凹凸の柄がある。それを目で追いながら、菅原は口を閉じた。 『優しくして』 (あの子相手だったら、優しくしたい) 最初は乱暴にしてやりたかった。 傷付けて傷付けて、どうでも良い物のように扱って苦しめたかった。 けれど彼を抱きたいと思うたび、段々とそれは変わっていった。 藤崎久遠ならどうするか。 きっと彼は義人を宝物の様に大切に扱う。爪の跡ひとつ残さず、後ろの穴だって散々にほぐしてから犯すのだろう。 (何であの子なんだ) またドッと胸が苦しくなった。 初めは藤崎目当てだった筈だ。彼に抱かれてみたかった。顔が良くてスペックの高い、誰もが憧れる存在に抱かれればいつも以上に気分が上がって満たされるだろう。そんな考えだったのに。 (何で佐藤義人の事を考えるようになったんだ) 言い返されてムカついたから。藤崎の男だから。自分の本性を見抜かれたから。 理由はいくらでもあるが、どれも違うような気がする。 (もうやめたい) どれもこれも違う気がするけれど、この強く惹かれる理由が何か分からない。 考えるのも煩わしかった。どうあっても藤崎のものであると言う事実が覆せない事を何度も思い出させてくるからだ。 それが、息ができない程苦しい。 「ねえ、マリ」 「んー?」 隣で携帯電話を触り始めた彼女を見つめると、ニカッと笑ってすぐに唇を塞がれた。 「甘えたいの?」 携帯電話をベッドに付いているサイドテーブルに置くと、彼女は細くて華奢な身体を起こし、菅原の上に素っ裸で跨る。 自分の寂しげな視線に気が付いてもらえた小さな喜びが菅原の胸を躍らせた。 ぷるん、と揺れる2つの白い豊満な胸を、すぐに菅原は両手で撫でるように触った。 そうすると、彼女が体を倒して頭の横に両手を付き、菅原の顔に胸を擦り付ける。 「あんっ」 ぺろ、と乳首を舐めると彼女がわざとらしく高い声を漏らした。 「俺達って何でずっとセックスしてるんだろうね」 ふわふわの胸を揉みしだき、乳首に吸い付く。腰をくねらせながら感じる女は、「んー?」と鼻にかかる声を出して下を向いた。 「楽しいから?」 情欲の写る目と視線が絡む。 「そうかも。マリとのセックス楽しいよ」 「でしょ?んっ、んん、、これ好き?」 2つの胸で顔を埋もれさせ、上半身を左右にゆっくり揺らすと万里華の胸が菅原の肌を優しく撫でていく。柔らかくて良い匂いのする胸に癒されて、菅原は少しだけ気持ちが落ち着いた。 「好き」 「ふふ、良かった」 そう言うと、またゆっくりと唇が重なる。 (佐藤義人じゃなくても、俺は大丈夫だ) 菅原はそれを何度も自分に言い聞かせていた。 彼の事を考えなくて良い。今までの自分のままで良い、と。 「ずっと俺とセックスしてくれる?」 「もちろん」 何言ってるの?と万里華は可憐に笑った。小悪魔みたいな愛らしい顔つきの彼女が純粋無垢に微笑むと、何故だか安心感が生まれる。 こうして色んな女の子と、少しずつお互いの時間を埋め合えればきっと自分は大丈夫だ。 菅原は彼女を見上げた。 「ねえ、もう一回、」 ピリリリリリ 「?」 「あちゃー」 ピリリリリリ 突然、サイドテーブルの上に置かれた彼女の携帯電話が大きな音を立て始める。 ビクッと体を震わせた菅原は携帯電話の方を向き、彼の上に乗っかっていた万里華はため息を吐きながら上から退いて携帯を持ち上げる。 「誰?」 「ごめん、ちょっと静かにしてて」 通話ボタンを押すとシー、と口元に指を立てながら万里華はベッドから降りて立ち上がり、カーテンのかかった窓辺に寄る。 程なくして、小さく男の声が聞こえた。

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