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第34話「愛玩」
「可愛い」
そう言われて嬉しくなるのは藤崎だけだった。
藤崎が言う「可愛い」は「愛しい」と言う意味と同義になる。
義人はそれを聞くたび、言われるたびに照れるが、別に口に出されるのが嫌なのではない。
言葉と自分が似合わなくて照れていただけで、それを言うときの藤崎の視線や頬に触れる優しい手の温度が好きだった。
「可愛いよ、義人」
菅原が溢している「可愛い」は「無力で哀れ」と言う事だろうな、と彼は何となく理解していた。
苦し紛れに吐き出した菅原へ縋り付く台詞が気持ち悪く、義人は力の抜けた身体でそこに座り込んでしまっている。
埃の積もった床に尻をついて座ると、ドアにもたれて俯いた。
(帰りたい)
藤崎のいる家に帰りたい。
夢でした、で全てが終わる事を何よりも願っているが、現実は残酷に目の前にある。
「キスしていい?」
もし拒絶できるならしたかったが、そんなものを菅原が許す訳がなかった。
義人はただ黙って俯いている。言え、と強要されない限り返事も返したくない。
全部が全部、藤崎を自ら裏切っているようにしか思えず、罪悪感と嫌悪感で苦しくなるからだ。
「、、、」
「こっち向いて。藤崎だと思って良いから」
菅原の言葉はひとつひとつが残酷だった。
近づく顔にグッと目を瞑り、唇に生暖かい肌が触れる。すぐにねっとりとした舌が義人の唇を舐め、その感触の違いに嗚咽が湧いて「う、」と小さく声を漏らすと次の瞬間には口内に舌が
侵入した。
「ちゃんと舌出さないと言いふらすよ」
「っ、、ん、」
「藤崎以外は初めて?だったら楽しもうよ」
ねち、と舌が絡む。
好きでもない人間とのキスはこんなに気持ち悪かったか?、と目を瞑ったまま考えた。
(藤崎って、思えるわけない)
何もかも違う。
舌の絡ませ方も、力の強さも、息継ぎのさせ方も丁寧さも温度も、何もかも。
嫌悪感で吐き気が募る。嗚咽を我慢する為にも、舌の感覚を感じる事をやめようとした。ただの作業なのだ。感情もいらなければ熱量も要らない。
「ん、いッ!!」
「楽しめって言ってるだろ」
舌が出て行った瞬間、下唇を思い切り噛まれた。
ジンジンと痛む噛み跡を手で抑え、義人は菅原を睨みあげる。
菅原はそれでも満足だった。拒絶すらできない義人のささやかな抵抗があまりにも哀れで仕方がない。
(そんなに抵抗しても、俺といるしかなくなるのに)
義人と一回だけでもセックスをしてしまえば、菅原は勝てると思っている。
他の男に犯された男なんて藤崎久遠が手元に置いておく訳もない。その上、脅されていると言ってもこれは立派な浮気だ。
あのプライドの高い男が許す筈がない。
ここで今、一回でも義人が菅原に体を許せば、自分が動かなくても罪悪感に耐えかねた義人は藤崎にこの出来事を言うだろう。
そうなったらもう終わりだ。
藤崎は義人を簡単に捨てるだろうし、行き場のない彼に近付いて少し優しくすれば良い。
人間なんて簡単に壊れて、簡単に誰にでも身体を許すようになるのだから。
捨てられた心なんてものは、憎むべき相手にだって縋り付いてくる。
「横になろっか?」
ニコ、と笑いかけても返事も反応もなかったが、義人はこちらを見もせずに座っている位置から腰を前に動かし、ドアに頭が当たらないようにその場に横になった。
菅原はどっしりとその上に乗り、顔を背けて目の上に腕を置いてこちらの視線から逃げる義人を見下ろした。
「手、退けて」
「、、、」
「んー、じゃあいいよ。あんまりやりたくなかったけどこれ使おう」
「え、?」
従わない義人を見つめてため息を吐き、菅原は尻のポケットに入れていた透明で少し硬い袋を取り出し、その中身を2、3本手に持った。
「菅原さん、それはやめ、」
何に使う気かをすぐに察した義人は、菅原に懇願して手を伸ばす。
「やっと口きいたね?もう遅いけど」
けれど今更、先程までの義人の態度を許す程彼はお人好しではない。
冷めた視線が義人を見下ろし、冷たく固く揺れている。
「っな、!」
「じゃあバラされて良い?」
「ッ、、、」
「うつ伏せになって」
手に持たれているのはインシュロックだ。
言われるがままに寝返ってうつ伏せになると、尻の上に跨った菅原は義人の両手を後ろに引っ張り、腰の辺りで交差させ、太めのバンドをグルッと手首に巻きつけた。
慣れた手つきで片方の端に付いている穴にもう片方の端の先を突っ込み、ビチチチチ、と音を立てて跡がつくほど強く締め上げる。
「何でこんな事するんですか、」
仰向けに戻された義人は菅原を睨み上げる。
拘束された腕は身体の下に入っていて身動きが取れない。
言葉も声も、弱々しいものだった。
「何で?」
義人のベルトを器用に外し、ジッパーを下げる。Tシャツを捲り上げるとゆっくりと義人に覆い被さり、もう一度ちゅ、と唇にキスを落とした。
「義人のことが好きになったからだよ」
「え?」
この人は何を言っているのだろう。
「ッ!!ぃ、た、、」
胸元に移動した菅原の頭を見下ろす。
肌に噛み付くようにキスをして、胸のあたりに赤いキスマークが何個もつけられていく。
(藤崎、、藤崎、藤崎、藤崎、、)
目を閉じて、頭の中で何回も藤崎を思い出して現実から目を背けたが、肌に感じる気持ちの悪い感覚はそれを揺らがせるばかりだ。
「好きだよ、義人」
「っく、」
ベロ、と乳首を舐められる。
腰の辺りを何度も撫でられ、肌がざわついて落ち着かなかった。
(俺、何してんだろ)
それでも拒絶する訳にはいかないのだ。
(藤崎、、藤崎だけだから、)
菅原の手が肌を撫でながら下がっていく。
胸の突起を弄ばれ、義人は息が上がった。感じたくなくても身体は刺激に逆らえず、腰が浮く自分に嫌気がさした。
藤崎以外に触られた事がないそこにたどり着いた菅原の手が、ゆっくりと下着に入る。
「ッ、」
(嫌だ)
藤崎を思い出すのが辛かった。
彼の目の前で裏切っているように錯覚してしまうからだ。
(くお、ん、久遠)
知らない人間の手が義人のそこに触れ、ズル、と下着から取り出される。
(久遠だけが好きだよ)
ゆっくり扱かれ始めるそれに嗚咽が湧いて、それを漏らさないように奥歯を噛み締めながら、ボタボタと涙が溢れた。
「義人のここ、綺麗で可愛いね」
「ッ、いや、だ、、!」
ねっとりとした舌が義人のそれに触れ、先端をちろちろと舐めている。
(感じたくない、気持ち悪い、嫌だ)
頬をつたったら涙は次々と床に落ちていき、丸い小さな水溜りになっていく。
じゅぷぷ、と菅原の口の奥まで義人の性器が咥えられると、悔しくも、腰を甘く鈍い刺激が駆け抜けていった。
「ンッ!」
(嫌だ、やめて、嫌だ嫌だ嫌だ、やめろッ!!)
自分の五感がなくならないかな、なんて頭の片隅で考えながら、涙で歪んだ視界で白い天井を見つめる。
(久遠のなのに、、)
自分の名前を呼ぶ声が、今は思い出せなかった。
(俺は、全部、久遠のものなのに)
助けて、とも言えない。
藤崎を守る為なら、彼は何だってするのだから。
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