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第36話「口淫」

勃っては萎えるを繰り返して、結局義人が射精する事はなく、菅原は面白くなさそうに彼を見下ろした。 「なに、その顔」 涙で濡れた睫毛が美しい。 手に入らないと言うだけでこんなにも苛立った事があっただろうか、と菅原はその長い睫毛を見つめて苛立ちを増した。 「何だよその顔は!!」 パンッ、と乾いた音が部屋に響くが、義人は黙ったまま、また前髪の間から鋭く菅原を見上げた。 ぶたれた頬はヒリヒリと痛む。 相変わらず、ポタポタと涙が流れている。 自分の唾液でてらてらと濡れている義人のそれは萎え切っており、菅原は舌打ちをしてから口元を服の袖で拭った。 「じゃあいいや、別のことしよう」 先程から何ひとつ楽しくない。 義人が上げる小さな悲鳴も、あの涙も、全て藤崎久遠を想っているものだと感じるからだ。 「噛んだら怒るよ」 「ぁ、い、いや、」 「いい加減にしないとセックスしたとしても言いふらすぞ、なあ」 目の前でガチャガチャとベルトが外される。 例え藤崎を想っていたとしても、菅原は今自分が義人をいいようにしている事には興奮していた。 白い肌にいくつも咲いた自分が付けたキスマークを、藤崎が見たらどんなおぞましい表情をするのだろうか。 「いッ、た、!」 髪を掴んで義人の頭を自分の足の間に寄せる。 後ろ手に腕を拘束したせいで義人が手をついて自分のそれを舐める事ができないのは分かっている。 寝転がったままでもできるだろう、と菅原は足を開き、下着をめくって自分のそれを取り出すと、顔を背ける義人の口元にあてがった。 「舐めて、義人」 「っ、」 「聞こえなかった?」 ぬる、と唇に当たる生暖かい感触に、義人は表情を歪ませる。 ビクビク、と跳ねる身体。 けれどそれは、いつもの喜びやら緊張からではなくて、今はただ、恐怖からだった。 「口あけろ」 「、、、ぁ、」 目を瞑って、口を開ける。 耐えなければ、と藤崎の影を瞼の裏に浮かべた。 「ん、っう!」 奥まで一気に、それが入ってくる。 「っう、おぇ、ごほっ!」 嗚咽がわいて、吐きそうになった。 それが気に入らなかったのか、頭を掴む手は痛いくらいに髪を引っ張り上げてくる。 「ん、んっ」 待って、と言おうとしても聞く筈もなく、気づく筈もない。 頭上からは舌打ちが聞こえ、菅原の右手は更に喉を目指して自身の性器を義人の口の奥に突っ込み続ける。 「んブッ、、んっぐ、!」 必死に唾液を溜めて、菅原のそれと自分の舌の間に空間を作った。 「ちゃんと咥えろよ。ゲイなら慣れてんだろ、ご奉仕くらい」 聞きたくない声が耳に入ってくるたび、これが現実なのだと理解せざるを得ない。 瞑ったままの目。視界は真っ暗だ。 「義人、ちゃんとしゃぶって。じゃないと藤崎に酷いことするよ?」 見開いた目に、薄く笑ってこちらを見下ろす菅原が映った。 「っん、んっンッ、、!」 (藤崎にだけは、何もしないで、) またポタポタと床に涙が落ちて行く。 義人は、藤崎の事だけを考えていた。 「いいよ。なんだ、やればできるんだね」 身体を起こし、頭を動かして、倒れないように足を開いて身体を支えた。 性器の形だって、大きさだって、匂いだって藤崎のそれとは違う。 それでも藤崎にしていると思い込めば、何とかまだ気がまぎれるような感じがした。 (藤崎、藤崎、藤崎ッ、好きだよ、、好き) 「んぶっ、んっ、、んっ、」 いつも義人が藤崎のものを舐めているときは、優しい視線で見下ろしてくれる。 色っぽくていやらしく荒い息遣いで、うっとりした表情で彼は義人を眺めるのだ。 「んっ、んぅ、っく、、ふっんっ」 (藤崎、藤崎、、) 髪に触れながら、優しい手つきで頭を撫でてくれる。それが義人は好きだった。 「っあ、ンッ、、んっ」 たまに息継ぎをして必死に亀頭を舐め、尿道の入り口を舌の先でほじり、全体を口に含んでたっぷりの唾液を口内に溜めてぶちゅ、ぶちゅ、と音を立てて扱く。 「んっ、」 吸い上げながらそれをやると、菅原の脚が震えていた。 「っぐ、ん、んっ」 義人の頭の中の藤崎は、彼の頭を撫で、頬を撫でて夢中になっている義人の表情を見つめている。 (俺のこと、好きなんだなあ) そういうときに、義人はいつもこう感じていた。 藤崎はやたらと「好き」「可愛い」を口に出すが、わざわざ言葉にしなくても彼が自分をそう思っている事は義人には充分に伝わっていた。 こちらを追う視線や、絶対に自分を傷付けない手つき。 自分中心で回る世界にいる藤崎を、哀れにも想い、そして同じように藤崎中心で回る世界にいる自分と同じなのだと確かめては安堵していた。 同じくらいに想ってくれている、と。 何度も分からせてくれる藤崎が彼は好きだ。 「好き」の本当の色を鮮やかに描く彼の視線に、いつも心が揺れるのだ。 「んっ、ゲホッ、んブッ、、っん」 (藤崎が、いい) 頭の中に愛しい彼を思い描いているだけで、義人は幸せだ。 けれど現実で義人の髪の毛を鷲掴みにしている菅原の手に力が籠るのを感じ、その痛みと共に目を開けた。 「んん"ッ!、、ん、んっ」 (藤崎としたい) 何をされても奉仕を続ける。 ビクッ、ビクッと菅原の腰が揺れ、はあ、と熱い吐息を漏らすのを見ないように再び目を閉じた。 「ぷは、あっ、んぶっ、、んぅ」 (藤崎とシたい) ああ、射精する気だ。 そう分かるとまた涙が溢れ、脳内の藤崎に縋りついた。 「ん、、、ん、んん、んっ!!んんんッ!!」 藤崎とセックスがしたい。 こんな事はもうやめたい。 一層喉の奥に性器をひねり込まれた義人は苦しくて低く唸ったが、菅原は快感を貪るように義人の喉に腰を打ちつけている。 「っあ、良い、、義人、義人ッ!出すよ、ちゃんと飲んでッ!」 「んんんッ!!、んう“ッ!?」 口の中に広がる味は、生臭くどこか酸っぱくて苦い。 耐えられずに嗚咽と共にそれを吐き出した。 「お"、えっ、、っぐ、ゲホッ、ん、、ゴホッはあ、はあっ」 「チッ、、ちゃんと飲めよ」 義人はやっと頭を離され、ド、と床に倒れた。舌に残るそれも嫌で、つばと一緒に床の上に吐き出している。 そうまでしてもまだ舌の上に残りがあるような気がして、無我夢中で埃の積もった床に舌をこすりつけた。 「そ〜んなに嫌がらなくてもいいでしょ。だったらいつも、藤崎相手はどうしてんの」 「ゲホッ、ゲホッゲホッ、、!」 冷たい床に倒れた視線だと、埃が良く見える。 荒い息を整えながら、絶対に目を合わせまいと義人は視線を床に向けている。 「義人」 名前で呼ばないでほしい。 声の違いが、呼び方の違いが、込める想いの違いが、全部違う部分が藤崎の声を思い出させてきて余計に辛くなる。 藤崎が優しく、愛しそうに、大切に自分の名前を呼ぶ声が、遠くなる気がした。 「義人」 菅原が陰湿に笑んで喜ぶたび、義人の中から絶望が溢れる。 身体はもう疲れ果てていて、指一本動かしたくない。 抵抗する訳にもいかないと言うのに、無意味にも拘束から逃れようと暴れた手首には擦れて、赤くインシュロックの痕が付いてしまっていた。 「、、ふ、、じ、さき」 自分にしか聞こえないような、自分にも聞こえないような小さな声で、その名前を呼んだ。 思い出したくて、思い出したくない。 自分で選んで菅原のそれを咥え、口の中に射精させた罪悪感と嫌悪感が積もっている。 けれどその名前を呼ぶだけで、やはり幾分かは現実から逃げられるのだ。 (好きだよ、、) 泣きながら、何度も何度もそう思った。 身体が汚されても、藤崎が自分から離れても、それでも義人は藤崎を好きでいる。 きっとずっと忘れられず、彼の影に縋り続けるのだ。 (会いたい) ふわりと笑う自分の為だけの笑顔を思い出すと、堪らなく愛しさが胸に広がった。 そうして、ほんの少しだけ今を忘れられると思った次の瞬間、乱暴に体を仰向けにされ、またTシャツがめくられる。 「え、、?」 鋭い痛みが右の胸に走った。 「い、痛い!!痛い痛い痛い痛いッッ!!」 胸に、熱くて痛い刺激。 乳首が噛みちぎられそうな程そこに歯をたてられ、ギチ、と咥えられている。 「いたい!!痛いッ!」 ぐぐ、と更に痛く、強く、噛まれた。 「痛いッ!!」 熱が浮いた。痛みの熱が、フツフツと。 足をばたつかせて上に乗った身体を蹴り上げてやろうとするのだが、馬乗りになったその人の体には、どうにも勢いじゃ届かない。 膝を折り曲げても、そこまで威力のある膝蹴りは出来なくて、ドン、ドン、と彼の腰や背中にあたるばかりだった。

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