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第37話「逆襲」

「あはは、痛そう」 「ッ、、!!」 唇がちゅぱ、と乳首から離れると、そこは熱がこもってジンジンと痛んだ。 何とか呼吸を繰り返して、「落ち着け」と自分に言い聞かせ、義人は男を見ないように棚のある通路の方を向いて顔を背けた。 どうせ、相手は趣味の悪い笑みを浮かべて満足そうにこちらを見下ろしているに違いないのだ。 「、、、」 フッ、フッ、と痛みから逃れる為に浅く呼吸を繰り返す義人の、忙しく膨らんでは萎む胸を眺め、歯形の残った右の胸の突起を見つめて菅原はニッと不適に笑った。 「そろそろ本番、かな?」 「!?」 カチャ、と義人のベルトが動かされる音が聞こえる。 菅原のその発言にサッと全身の血の気が引いた。 (本番?本番ってなんだ?) あまりにも理解する事を脳が拒み、うまく思考回路を巡らせられない。 嫌な予感がして脚で抵抗しようとした瞬間に、緩められていたベルトが掴まれ中に履いている下着ごとズボンがずり下げられる。 「やめろ、ッ!!」 起き上がろうとしても縛られた手は埃を被った床の上を滑るばかりで、体勢を崩した。 呆気なく引き下ろされたズボンは膝のあたりで止まり、菅原に無理矢理に義人の膝を折り曲げると体重を掛けて身動きを取れなくする。 「やめてください!!」 制止の声は聞き入れられる訳もなかった。 膝の少し上で止めてあるベルトの端をグッと引き寄せると、菅原はニヤつきながら片方の端に付いている金具に、もう片方、穴が空いている端の先を突っ込み、インシュロックのときと同様に締められるだけ脚を締め上げた。 「うるさいよ、義人。これから、俺といいことするんだから、もっと良い声出してよ。ね?」 膝を左腕にかけて抱えられ、下半身を自分から見て少し右に傾けられる。そうすると、膝の向こうで笑っている菅原の顔はよく見えた。 彼は右手で自分のベルトを更に緩め、膝立ちをしてズボンを引き下げる。 ぶるん、と細い身体にしては大きめの勃起したそれが、再び義人の視界に入った。 「あ、、」 嫌だ、と頭に浮かんだ。 身体が小さく震えだして、それがバレないように下唇を噛んだけれど治らない。 「義人、全然勃ってないね」 その言葉ももう、頭の中を通り抜けていってしまう。 言葉の意味が分からない程に目の前の光景に混乱し、義人はひたすら小さな声で「助けて」と言い続けていた。 「そっちが乗り気じゃないのくらい分かってるよ」 「ッ、やめろ、」 しっとりとした熱い棒がググッ、と太ももの少ない肉を押し広げてくる。 雄々しく立ち上がっているそれが、閉じられた自分の太ももの間に差し込まれ、すりすりと軽く内股に擦られてからすぐに深く出たり入ったりを繰り返し始めて、義人はこれからされる事の予行であるその動きに必死に腰を引いて拒絶した。 義人の性器に自分のそれを擦るように、菅原は腰を動かしている。 「義人の太もも、気持ちいいなあ」 恍惚とした表情は、「哀れだな」と微力な抵抗を見せる彼を見下ろしていた。 「嫌だ、やめてください、やめてッ」 追いついて来ない思考回路で、懸命に何をされているのかを理解しようとしている。 (嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!) 左手でガッチリと下半身を抱えられていて、動こうともがいても菅原はそれを許さない。 勃起したそれが太ももの間を擦って行くのが気持ち悪くて仕方がなく、義人の背筋を嫌な感覚が何度も駆け抜けて、更には口の中に変な味が広がっていく。 「やめっ」 「ん、」 「ひッ、、!?」 ぬるり。 菅原が自分の右手に絡ませた唾液を、義人の後ろの穴に塗りつけている。 「う、そ、、」 穴のシワをなぞるように指はぬるぬるとした感触を擦り付け、そして少しだけそこの状態を確かめるように入り口をぐにぐにと押してくる。 「入れちゃうよー」 「嘘、いやだ、いやだッ!!」 抵抗しないと。 そう思って足を動かすがまったく動かない。 手遅れだと言うのは十分分かってはいるが、それだけで抵抗を止める気にはなれなかった。 入り口にあたるのは、確かに知らない男のそれだ。 ずっと自分を抱き続けたあの愛しい男の温度ではない。 熱くて、独特な硬さと肌の感触がする。 悪寒が背筋を駆け上がる。吐き気に似た胸のわだかまりが、大きくなっていった。 「いやだ、やめろ!!やめろッ!!」 ぬるっぬるっと何度か塗り付けた唾液を馴染ませるように菅原が自身の肉棒を義人の閉じた穴の入り口に擦る。 彼の性器の先端から漏れている我慢汁まで潤滑油として小さな穴に塗られた。 「だぁめ。ほら、あんま、動くなって」 「やめろ!!」 当然慣らしていないそこに、するするとものが入る訳はない。 ぐっ、ぐっ、と何度か穴の入り口めがけて性器を押し付けられるが、義人のそこにいつものように何かが入ってくる感覚はまだなかった。 「んー、、入らないなあ。いつもどんだけ解してもらってんの」 「放せ!!触るな、やめろ!!」 「うざ。もういいや、ちょっと痛くするよ」 それでも力を込められれば。 ぐぐ、と押されれば、穴は穴なわけで、開くのは当然だった。 「ひッ、いやだ、イヤッ、、!」 小さく、ぐぷ、と。 嫌な感覚がした。 「ッ!!やめて、お願い、やめてッ!やめてください、やめてくださいッ!!」 入った。 まだ少しではあるにしろ、肉の壁を押し広げられる感覚がする。 「うるせーな」 「やめてください、やめろ、いやだッ!やめろッ!!やめろおッ!!」 押し寄せる吐き気のせいで唾液が義人の口の端からダラダラと床に滴り落ちていく。 暴れても暴れても、ダン!ダン!と床に背中がぶつかって痛いだけで、菅原は動きを止めようとしない。 「ッいや、だ、、じ、、き」 悲しくて、気持ち悪くて涙が溢れた。 この行為が始まってから、もうどれだけ自分は泣いているのだろうか、と頭の片隅では冷静に考えている。 「は?」 「ふじ、、さ、き」 「ッ!!」 恥ずかしかった。 義人は顔を背けず、真上を向いたままぼろぼろと床に涙をこぼしていった。 「おま、なに、、!」 「藤崎、、藤崎っ、っう、、藤崎、、」 ただ好きなだけなのに、どうしてこんなに追い詰められるのだろうかと考える。 好きでもない男に抵抗もできず、やられっぱなしで大泣きしている自分が恥ずかしくて仕方ない。 乾いた空気を吸い込み過ぎて喉が痛く、情けなく部屋に響く自分の声すら気持ち悪く感じられた。 「ちょっと、なあ、おい、そんなに泣くこと?」 「藤崎、藤崎、、」 けれど、どうしても嫌だった。 (藤崎だけだから、、藤崎だけが好きだから、こんなことされたかったんじゃない、分かって、藤崎、、俺のこと見て、愛して、お願いだから) 馬鹿な話だ。 あくまでこれは義人の選択の内の話なのだから。甘ったるい考えで藤崎と付き合ったツケなのだから。 けれど彼は馬鹿で、馬鹿で、仕方なく頭が悪い。 だから今もこうして、藤崎の事だけを考えていた。 (藤崎だけが好きだ、こんなことされても、藤崎だけ、) いつもの安心させてくれる笑顔が脳裏に浮かんで、胸が苦しくて涙が止まらなかった。 藤崎以外知らなかった身体はもう汚れてしまったのだ。 取り戻せないところまで、入られてしまった。 抵抗をしてはいけないと言う事は理解していて、何をどうもがいても嫌がってものし掛かる男に結局は従わなければならないと言う事も分かっている。 それでも、だ。 義人は一生に、彼1人だけで良いと思っていたのだ。 「藤崎、、が、いい」 「!」 (藤崎がいい。藤崎じゃなきゃいやだ。キスも、セックスも、全部。藤崎以外とじゃ意味がないんだ) 「藤崎だけ、好きだよ」 たった1人、藤崎久遠にだけ抱かれたかった。 義人の中で義人の身体は、他の人間が指1本触れてはいけないものだったのだ。 「藤崎だけの、もの、だから、、」 ズッと鼻を啜る音がしてから、飲み込めない唾液が喉に詰まって咽せる。 例えこの空間に菅原しかおらず、藤崎がこの言葉を聞いていなくても、それでもこの呪文が自分の正気を保ってくれる。 愛された記憶を呼び覚まして、少しだけ痛みを和らげてくれる。 (大丈夫だ、大丈夫。身体が触られても、何をされても、俺は藤崎のものだ) 何度もそう思った。 そうでしか今の自分を助ける事ができなかった。 (俺と藤崎の1番大切なものを、この人は壊せない) 懸命に心を守るけれど、悲しさは彼の中で蠢いたままだ。 いつもは甘ったるく感じる穴の異物感も、他の人間のそれが入っていると思うと鈍くて怠い他の何かのように思える。 (だから、、だから、大丈夫だから、) 感じたくもない異物感に相変わらず変に息が詰まった。 「うるせえなあ、、!」 不機嫌な声が聞こえて、菅原が自分のそれを押し込む力が強くなる。 (ごめん、ごめん、裏切ってごめん、藤崎) これに耐えたらきっと終わりだ。 これが終われば藤崎を守れる。 義人はそれだけに集中して、グッと歯を食いしばり、痛みと嗚咽に耐えようと強く目を閉じた。 「ふじさき、」 「いい加減、その名前呼ぶのやめ、」 バンッ 「!」 「!?」 突然響いた音に、2人はビクッと肩を震わせる。 菅原は数秒動きを止め、義人の頭の上にあるドアが誰かの手で乱暴に叩かれたのだと分かると表情を歪ませてそちらを睨んだ。 「菅原さん」 「!」 「ふ、じさき、、?」 ドア越しに聞こえた。 聞いた事も無いくらいに、低く冷たい怖い声は、それでもやはり、藤崎久遠のものだった。 バンッ! 「今すぐこのドア開けて下さい。じゃないとドア蹴破って、佐藤くんと一緒に研究室行ってアンタに襲われたって言いますよ」 乱暴に殴られるたび、義人の頭の上のドアは衝撃の余韻で小さく揺れた。 藤崎の明らかな脅しに、菅原は一旦行為をやめ、すぐそこのドアを見つめて黙り込む。 (本当に、藤崎だ) 義人はどこか現実離れした状況に頭がボーッとしていた。 菅原が表情を歪めているのが見える。 それは悔しげではなく、グッと口角を吊り上げていた。 「、、じゃあ、俺は君たちがゲイだってバラ」 「バラして結構です。今すぐここ開けろ。てめえが他の生徒に何したか保護者全員に言って回るぞ」 「ッ、なに、!」 義人は聞いた事もないくらい恐ろしく不機嫌で怒りのこもったその声に力が抜け、全身を脱力させてしまう。 ドアの向こうとこちらでの脅し合いは無意味にも続いた。 「へえ!バラしていいわけ?妹さんは?モデルなんでしょ?他の家族は?義人のことも考えたら?」 「義人って呼んでんじゃねえよ」 (すごく、怒ってる、、) 呆けた頭は中々回転が悪かった。 義人はパンパンに追い詰められていた思考回路をやっと停止させ、だらだらと止まらない涙を流したままそこにいる。 指1本動かせない程に疲れ切り、また、自分が何をしていたのかと迫り来る自己嫌悪に対して、もう心がついていかなかった。 「俺がゲイだってくらいでのたうち回るような家族じゃない。言いたければご自由にどうぞ。義人は絶対俺が守る。だからゲイだってバレようが何だろうがどうでもいい」 「ああそう。でも開けないよ。今やっと義人の中に入ったから、これからめちゃくちゃにするんだ。そこ特等席だろ?聞いてたら?」 菅原は尚も抵抗し、藤崎の怒りを煽っていく。 「じゃあ訴えていいんだな。今までお前が何人妊娠させたかも、何人堕ろさせたかも、何人脅したかも全部証言する。それでいいな?」 「!!」 これには流石に菅原も奥歯を食いしばった。 撮影室との境目のドアを睨みつけ、その向こうにいる男へ怒りを向けている。 「そんなことできるの?義人に俺にどんなことされたか裁判で言わせる気かよ。押し倒されて乳首で感じてお尻の穴に入れられてアンアンよがりましたって?」 菅原は強気で、義人のそこから一向に自分を抜こうとしなかった。 けれどそこまで来て、予想外の人間の声が聞こえた。 「何人こんな目に合わせたの」 「ッッ、え、?」 菅原の震えた声は情けない程小さく響いた。 次の瞬間に、入り口に宛てがわれていたものがしまわれる。 慌てて下着とズボンを引き上げると、ジッパーは上げないまま、急いで菅原が立ち上がりドアを見つめて呆然と立ち尽くす。 義人の脚は支えを失い、ガクンと落ちて床にあたった。 「お、大城、、教授?」 彼の身体から一気に冷や汗が溢れ出した。 バンッ!! 「うっ、」 「ッ、、、」 より一層強い力で扉が叩かれた。 藤崎ではない。大城と呼ばれた男の拳だと、義人はドアを見上げる。 「出て来なさい」 「嘘だ、どうして、」 狼狽える菅原は見開かれた目でドアを凝視し、そこから動けなくなってしまった。 小さく首を横に振りながら、ブルブルと唇が震えている。 義人はそれをぼんやりとした視線で見上げ、乾いた唇から微かに息を吐き出した。 「油絵の伊藤真紀子、写真の戸上由香、情デの小向美久」 藤崎がズラズラと人の名前を並べ始めると、やっと菅原は我に返る。 「やめろ、藤崎やめろ!!」 それは泣いているように聴こえた。 「だったら俺の義人を返せ!!」 煽りに煽られた藤崎の感情は既に怒りと言う域を超え、ドアを開けたら人が死ぬのではないかと言う程に激昂している。 しばらくして、頭の上のドアの鍵が開く音がした。 それから、肌と骨のぶつかる、鈍い音がした。

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