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第3話
*
ことは二学期になって暫くした十月はじめのことだった。大智が元クラスメイトで今も仲良くつるんでいる友だちの新波 に相談されたことにはじまる。
昼食を誘いにきた新波と学食で昼ご飯を食べたあと、大智は彼に腕を引っ張られてひと気のない校舎の影へと連れていかれた。そこで切羽詰まった顔をした彼に突きつけられたのが、ハートのシールで封印されたいかにもな封筒だったのだ。
今も思い出せば恥ずかしくて掘った穴に潜り込みたいくらいだが、そのときの大智は親友に告 られるのだと勘違いして、彼のつづけた言葉に「ごめん!」と被せるようにして頭を下げた。
「これさ‥‥‥、って、ごめんってなに?」
「へ?」
同性の同級生に秘めた禁断の恋心を打ち明けるにしては、真剣味皆無の顔で訊いてきた新波に、たちまち大智は顔をまっかにした。
たった一瞬で「俺はお前のことは好きだが、それは友だちとしてであり、男はどうしても恋愛の対象として見られない」だとか云う傷つけない断わりの言葉や、あまつさえ「でもお前はいいやつだから、きっとそのうちいい恋人ができる」という慰めの言葉まで脳内に過 らせた自分を、大馬鹿じゃないかと呪った。
「あっ、い、いや…‥。俺に預かってくれたラブレターなのかなって。でも、もう受験だし、いくらお前経由でも、断らせてもらおうか、と。あれ、違ったかな? ハハハ‥‥‥」
とんでもない勘違いをしたことを、絶対知られるわけにはいかないと思い、とっさにした云い訳がこれまた恥ずかしいものになった。
(くっ。これじゃぁ、俺が自信過剰みたいじゃないか……)
「お前、ちょっと自信過剰すぎるよ? そりゃお前はいちぶの女子にモテているんだろうけどさ。――陸上部の練習んときも、お前を見に来る女子がいるんだろ?」
案の定、親友に呆れた目を向けられた大智は、ほらなやっぱりと、ぐっと押し黙った。まぁ実際に、男の友だちに告白されたと勘違いしたあたりで、自分が自信過剰だということは否定できないい。思いもよらず自分の知らなかった短所に遭遇した大智は、謙虚な気持ちになって頭を掻いた。
(ああ恥ずかしい……)
「いや、俺が悪い。で、なんだこの封筒は?」
「それがさぁ――」
大智が訊くと、新波は心底困ったという顔をして話しだした。
彼は一学期のゴールデンウィークの終わったころから、自分の下駄箱にちょくちょくこの謎の封筒が入るようになったのだと説明した。
封筒に差出人の名前がなかったので開けるのに躊躇っていると、日を置かずしてまた次の封筒が下駄箱に入っていたそうだ。それからほぼ毎日のように、封筒は新波の下駄箱に入るようになったという。
そのうち新波は自分の反応をいっさい無視して、たてつづけに封筒を入れていく正体不明の相手に恐怖を感じるようになり、いまや自分の下駄箱を開けるのが恐ろしいんだと嘆いた。
「で、これが今日のぶん」
眉を情けなく垂らした新波が、指に挟んだそれを閃 かせた。ファンシーなハートのシールがついているわりに、封筒自体はとても地味だ。
「イヤガラセかな? なかに俺の悪口いっぱい書いていたりして」
「貸せよ。そんなの開けてみりゃいいだろ?」
大智がひったくって雑に開封すると、なかにはかわいい便箋が一枚入っていてた。
「うわっ、大智よせっ。悪口とかだったら、俺、もうめちゃ落ち込むよ⁉ ってか、いじめられてる事実をおまえに知られるのも、俺的にはプライドボロボロよ⁉」
新波を無視して便箋を広げると、大智は中身にざっと目を通した。
「…………いや、いやいや。まて。これラブレターだ」
「へ? うっそ? マジ? じゃあ俺にも見せて」
ラブレターのひと言にいっきに喜色満面になった新波が、大智の手から便箋を奪い返そうとした。しかし、大智はすかさず彼の手からそれを遠ざけると、彼に背を向けてピンクの紙をたたんで封筒のなかに戻した。
「おい、こらっ大智。見せろよ」
「ダメだって」
(ラブレターはラブレターなんだけど‥‥‥)
さてどうしようかと思案しながら、大智は封筒を自分のポケットにしまいこむ。
「ただし、お前宛てじゃなくて、斯波宛てだよ」
「しば? 斯波って、あの生徒会長の?」
「元、生徒会長な。あいつは前期で生徒会辞めたよ。そんなことよりも、コレ、家にもまだ残っているのか?」
大智はポケットのうえから、封筒を叩いてみせた。
「まだまだ、あるよ。五十通くらい? ずっと恐くて開けられなくって、しかもそのうち執念感じて捨てると呪われそうな気がしてきたし――」
「うん。ありそうだぞ、呪い。すげぇ怖 ぇことが書いてある」
「ひぇっ」
実はこれの差出人は、男だった。
さっきのいまで、本当にこの共学校の片隅で、男が男に恋するというロマンスが行われていたということを知り、大智は内心驚いている。しかしそんなことよりも、もっと重要なことがあった。
もしこの封筒を新波に軽はずみに開けられでもして、差出人の性別が斯波と同じ男だと気づいた新波に、それを口外されると大智は困るのだ。
「それに他人宛ての手紙読むと犯罪になるからな。帰ったら読まずに全部、処分しとけよ」
小心者の彼になら、こう云っておけば大丈夫だろう。「‥‥‥わかった、そうする」と頷いた彼と教室に戻りながら、大智はさてどうしたものかと考えた。
手紙の主はなんと、大智のよく知る相手――陸上部の後輩の吉野潤太だったのだ。
大智はいまはもう部を引退してしまっているので、彼の姿を見ることはなくなってしまったが、部活のときに見る彼は、いつも元気溌剌でみんなの人気者だった。
あんないつでも太陽の真下にいるような、いっさいの翳りなく生きているように見えていた彼が、実はひとに云えない悩みを抱えているとは、まったく気づかなかった。
引退したといっても、潤太は同じ陸上部で一緒に練習した仲間だ。
いくら以前から周囲にちやほやされている彼のことが気に喰わなかったとしても、放っておくには忍びない。むしろあんなに元気そうにしている彼に、そんな一面があったと知って、大智は彼にすこし親しみを感じた。
(さて、どうしようか――)
大智は手をポケットに入れると、そのなかにある封筒をぎゅっと握りしめた。
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