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第4話

*  次の封筒が新波の下駄箱に投入されるまえに、潤太と話をしようと考えた大智は、補習授業の終わった夕刻、彼を捕まえるために古巣である陸上部の部室に向かった。そこで運よく練習を切り上げてきたという潤太に会うことができた大智が、彼に連れて来られたのが保健室だ。  潤太は勝手知ったるといったふうに保健室のロッカーを開けると、そこに入っていたクリーニングの袋のかかった制服を取り出した。そして大智の見ているまえで、着ていたトレーニングウェアをぽいぽいと脱ぎだしたのだ。 (これ、こいつの制服じゃないよな?)  なぜなら、彼が部活まえに着ていたらしき制服が、ベッドのうえに散乱していたからだ。しかし大智は深く考えることはしないで、いまから口にするデリケートな問題のために、頭を切り替えた。  ちょうどいい。深刻さが増さないように、こういったタイミングであっけらかんと切り出したほうがいいだろうと、大智はポケットのなかから封筒をとりだした。 「お前、阿保だろ」  大智は潤太のまえに封筒を差しだした。  阿保だろ。これは実際にこのなかにある便箋の署名を見たときに、大智が正直に思った感想だ。 「あれ? それって……」  そりゃそんな顔にもなるだろう。意外なところから戻ってきた封筒に、潤太は着替えの手をとめてぽかんと口をあけていた。 「なんで、大智先輩がこれを持ってるの?」 「お前、これ斯波に渡すつもりの手紙だろ? それを違うやつの下駄箱に入れていたんだよ」 「うそっ⁉ それほんと!?」  文字どおり潤太はその場で飛び上がった。 「新波(あらは)斯波(しば)。確かに字は似ているけどな。でも靴箱は名前の順だろ。斯波の下駄箱がトップにあるわけないだろが……」 「え⁉ ってことは俺ずっと間違った下駄箱に手紙入れてたの?」 「が、謎の封筒攻撃に心身弱らせていたぞ。んで相談された。全部未開封だとよ。中身見られてなくてよかったな、そのオ・ト・コ、宛てのラブレター」   これでいつも陽気な彼の青ざめる姿でも見られるだろうかと思いきや――。 「うっそっ、それでかぁ」  大智の予想を大きく裏切って、潤太は長い安堵のため息を吐くと笑顔になった。 「はあ、よかった。届いてなかっただけかぁ。返事くれないから、俺てっきり相手にされていないのかと、しょんぼりしてたんだよ」  潤太は眉を顰めて胸に手をあてると、わかりやすく『しょんぼり』というポーズをとっている。そんな潤太の様子をみて、大智は自分が大きな思い違いをしていることに気づいた。 (いったいなにが、ひとに云えない悩みだ……。こいつ、なにも悩んでなんていないじゃないか……)  大智が案じていた、彼の秘めたる禁断の恋なんてものは、どこにもなかった。やはり潤太は日なたの人間だったということだ。むしろひとに云えないどころか、こいつなら自分から誰かにしゃべってまわっていそうだ。  大智は彼に寄り添ってやろうと、先輩ぶった顔で彼のもとにやって来た自分を恥じた。赤くなった頬を指さきでポリッと掻く。 「おまえには後ろ暗さってものがないのな」 「え、なんで? めちゃくちゃ面白いこと書いてるよ、これ」  大智の言葉を斜め上の方向に捉えた潤太は「落ち込んでるときに読んだらきっと元気になれるよ、だからそれは先輩にあげる」と続けた。 「いらんわっ」 「ああ、よかった。大智先輩ありがとう。俺、もう少しで次の手段に出ちゃうとこだったよ」 「あと、敬意もないのな‥…。俺、引退したとはいえ部活の先輩。――次の手段ってなんだ?」 「斯波先輩の教室に忍び込んで、先輩の机んなかに入れるとか、体育の授業中狙って制服のポケットに入れておくとか?」 「それは……、どっちもやめておけ、窃盗未遂罪の嫌疑がかかるぞ。だいたいそんなことをするまえに、封筒に宛名と差出人の名まえを書いておけよ」 「そうか、なるほど!」  ポンと手を打った潤太は「まだ俺にも(のぞみ)があるってことだよ」と瞳を輝かせていた。  そしてその頬はみるみるうちにピンク色になっていき、目つきもうっとりとしたものに変わっていく。いったいなにを想像しているんだ、こいつは……。大智は彼の奇態(きたい)に唖然となった。 「あー、えーと。お前、大丈夫か? 頭」  戸惑いながら声をかけてみるが、彼はとっぷりと自分の世界に入りこんでしまったらしい。そんな潤太に大智は(しば)しその場に置いてきぼりをくらうことになった。

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