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第5話
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高校に入学してすぐにクラス委員に任命された潤太は、月例の役員会で初めてみた生徒会長に恋をした。
彼は斯波俊明と云って、なんと一年のときから生徒会長をしていたという。
潤太は俊明のすっきりと整った顔立ちと、すらっとしたスタイルにきゅんとして、自分とひとつ違いだとは思えないほどの、落着いた立ち居振る舞いにどきどきした。
俊明は五十人以上も集まった各クラスの委員長のまえで、どうどうとした挨拶と、そして一年間の仕事内容やとりくみなどを、わかりやすく説明していた。
やや低い声もとても魅力的で、彼が丁寧に話すのを聞いているうちに、潤太はぽーっとなってしまったのだ。
その日の会議のあとは夢見心地で帰路につき、彼のことを考えながら夕食を食べた。そして入浴したあとに潜り込んだベッドのなかで、潤太は自分が彼に恋をしていると気づいたのだ。
あの日の役員会での彼のことは、いま思い返しても胸がきゅんきゅんする。
ベッドのまえでパンツ一丁の姿でつったったまま、潤太は「ほぅっ」とピンク色の溜息を吐 くと、両手のなかにあるTシャツを揉みしだいた。
「はぁ、かっこよかった」
「いや、そん時が初めてなわけないだろ? あいつ入学式で、代表挨拶してただろうが?」
「そうだったの? 俺、あの日は体調悪くって、保健室で寝てたんだ。だからそんなの知らなかった。そっか、それは惜しいことしたなぁ。かっこよかったんだろうなぁ、代表挨拶をする先輩も……」
想像して潤太は、うっとりする。
高校の入学式の前日、潤太は学校に行くのが楽しみすぎて、布団に入ってもなかなか眠れなかったのだ。それで翌朝は寝不足でぼぅっとしてしまい、けっきょく登校するなり保健室に向かかうはめになった。
保健室のベッドは想像していたよりもずいぶん寝心地が良く、とてもよく眠れた。
(で、ぐっすり寝て起きたら、式は終わってたんだよな。斯波先輩を見過ごしていただなんて、クゥッ惜しい)
首を振って「くぅ」と呟いた潤太は、シャツを着てネクタイを締めた。
「斯波先輩は文化祭でも、いっぱい俺のこと助けてくれて、あとね、落としたぬいぐるみも拾ってくれたんだぁ」
「なんで、そこはハンカチじゃないんだ? それにそんなモン学校に持ってくんなよ……」
「わかってないなぁ、大智先輩。やっぱりインパクトが大事じゃない?」
そのために潤太は、大事な大事なぬいぐるみのムックを俊明のまえで、わざと落としてみせたのだ。
すっかり色あせた犬のぬいぐるみのムックのお陰で、潤太は「きみ、なにか落としたよ?」「あっ、ありがとうございます。お礼にジュースでも‥‥‥」という、恋愛ストーリーのテンプレイベントを体験することができた。
(ああ、あのときはごめんよ、ムック‥‥‥)
潤太はベッドのうえに広げた制服のなかからスカートを掴みあげると、さっと脚を通してファスナーを締めた。上体を傾けた拍子にサラリと揺れた前髪を、指で梳いて耳のうしろにかける。
「それよりもなによりもな。まず、性別な。お前はオトコ。そして斯波もオトコ。な? おかしいだろ?」
「斯波先輩は、成績優秀。眉目秀麗なんだよ? ふつう好きになるでしょ? ならないほうがおかしいよ」
「おかしいのは吉野の頭のなかみだ。しかも、その恰好だってなんかおかしいよな?」
潤太はくどくど口うるさい大智のまえで、スカートの裾を広げてみた。
「これ、保健室に置いてある予備の制服なんだよ。似合うから着てみたら? って前から勧められてたんだぁ」
「だれにだ、いったい」
常日頃から年の離れた兄が「セーラー服もワンピースもウエディングドレスも、絶対に潤太のほうが似合うはずだ」と云っていた。だからこのスカートは自分に似合っているのだろう。
「信じてないでしょ? 俺、けっこう、女の子みたいで可愛いって云われてるのにぃ」
「いや、そもそも高校生にもなったら、女子とはぜんぜん体型が違うだろが」
「そうかな? でもこれ、俺になかなか似合ってない?」
潤太は鏡のまえでスカートを広げたまま、腰を捻ってあちこちの角度から自分を観察してみた。
(あれ。俺、イケるかも? いや、絶対イケるかも!)
だったらこんなところでのんびりなんてしていられない。
鏡に映る自分のスカート姿にどんどん自信が湧いてきた潤太は、保健室の壁にかかった時計を見た。時刻は十九時、まもなく最終下校時刻だ。
(はやく先輩を見つけないと、帰られちゃう)
今日はその名も『かわいい下級生に下駄箱で待ち伏せされて、ドキッとする作戦!』の決行日だった。潤太はこれを成功させるために、数日前から綿密な計画を立ているし、はやいうちから部長に今日部活を早引けすることだって伝えてあった。
昨夜もベッドのなかで、なんどもこの作戦の成功イメージを思い浮かべている。準備万端だ。
「じゃあ、先輩、俺、行ってくるね!」
「はっ⁉ 行くってどこに? その恰好でか⁉」
「うん。ちょっと斯波先輩に告白してくるっ」
「はぁっ⁉ 告白って、吉野っ、おまえなに云っているんだっ⁉」
「大智先輩つきあってくれてありがとっ、そのラブレターはお礼にあげるよ」
云うが早いか、潤太は保健室を飛びだした。
(斯波先輩、待っててねー)
「むふふふふ」
ほくそ笑みながら、長い廊下を駆けていく。地面を蹴るたびに揺れるスカートの裾が、腿 に擦れて擽ったい。その感覚は大好きな先輩のもとへと駆けていく、今潤太が感じている心の感覚とまるでそっくりだった。
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