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第7話

                   *  潤太が保健室を飛びだしてから、まっさきに向かったのは二年生の下駄箱だった。 「しばしばしばしば、しば……、あっ、ほんとだ。これが斯波先輩の靴箱かぁ。はぁ、結局俺の書いたラブレターは、どうなっちゃったんだろう……」  もう何十回と訪れていたこの下駄箱で、はじめて本物の俊明の靴箱を開けた潤太は、とりあえず彼の靴がまだ残っていたことに胸を撫でおろした。  しかも本物の俊明のローファーは、きれいに手入れされていてぴかぴかしている。心なしかいい匂いがしているような気がして、潤太は鼻をくんくんと(うごめ)かせた。 「よし、ここで待っていたら間違いなく先輩と会えるよね!」  やった、と拳を握った潤太は、ここで彼を待つことにした。  しかし意気揚々としていたのははじめの三分くらいのことで、コートを着て来なかった潤太は、じきに寒さに震えだした。 (寒いよぉ、はやくもピンチだぁ)  それでも今コートを取りにいって、俊明とすれ違ってしまっては元も子もない。潤太は膝を擦りあわせてなんとか堪える。 (先輩、はやく来てよぉ……)  しかしそのうち下足場にやってくる生徒の視線が気になりだした。彼らはぽつんと立っている潤太を、必ず二度見していくのだ。 (いったいなんなんだよ、俺、なんかおかしいか?)  下級生の女の子が二年男子の下駄箱で立ってたいら、奇異な目を向けられても仕方ないのだが、潤太はそういうことには鈍感だ。  このままここで待っていられればよかったが、下校のアナウンスが流れるころには、なにやら居心地が悪くなってきてしまい、潤太は場所を移すことにした。  そしてやってきたのは、学校のとなりの公園だった。ここからなら校門から出てくる生徒たちが、まっすぐさきにある駅へ歩いていくのがよく見えた。 「よっし、今度はここで待ち伏せだ」  先輩が出てきたら追いかけていって、そして後から「先輩、偶然ですね」と声を掛ければいい。    潤太は垣根がわりに植えられている公園の木立を背にして、四十メートルほどさきに見える門にじっと目を凝らした。ここでうっかり俊明を見過ごしてはいけない。 (先輩、先輩、先輩……。なかなか出てこないな。――ん?)  校門から出てきた女生徒がふとこちらを向いた。ふいのことだったので潤太は思わずばちっと彼女と目があってしまう。 「はっ、しまった」  熱が入りすぎて、潤太はだんだん体が前のめりになっていたのだ。これでは目立ってしまって、ここで待ち伏せしていることを俊明に気づかれてしまうではないか。そうなったら偶然を装えなくなってしまう。  潤太は校門から目を離さないよう気をつけて、身を隠すべくじりじりと後退(あとずさ)っていった。  木立に身を潜めていくと枝や葉っぱが身体に触れて、パシ、パシと乾いた音をたてる。足もとでもパキパキ、ミシミシと落ちている枝や葉っぱを踏みつける音がした。  頬に細い枝葉が引っ掛かっても、それすら見ることもなく潤太は手で打ち払った。そんな小さなことにかまっていて先輩を見逃したら、「可愛い下級生に待ちぶせられてドキッとする作戦!」が台無しだ。 「先輩、先輩、せんぱい……。あぁん。早く出てきてよぉ。寒いよぉ」  潤太は手にハァッと息を吹きかけると「寒い寒い」と呟きながら擦った。  このとき作戦に熱中していた潤太は、自分の周囲の気配にとても鈍くなっていて、すぐうしろで不審な男が息を荒くしていることに、まったく気づいていなかった。  ただしその男は潤太に触れそうな位置にいるだけで、かれこれ十分ほどその場でハァハァしているだけだ。  厚いコートにニット帽を被った男は、この公園を拠点に行動している変質者である。そしていま彼はこんなひと気のない夜の公園に無防備にやってきた女子高生を、信用していいものかどうかと、ずっと思案していた。                     *  この制服は、目のまえに建っているお金持ちの御子息やご令嬢が通う学園のものだ。お嬢さま……。その存在を目のまえに、血走った目をした男は舌舐めずりをした。彼はお嬢さまという存在が大好物だった。  だがしかし、このお嬢さま本当に本物か? それともこれは自分を捕まえようとする警察のオトリ捜査なのか? あまりにも自分に都合がよすぎるではないか。男はそう警戒していたのだ。  ところがそんな男のほうへ、お嬢さまは彼を惑わすかのように、尻をつきだしてじりじりと近づいてきた。お嬢さまが腰を振るとお尻がぷりぷりと蠢き、寒さに脚を擦りあわせると、スカートの裾がひらっひらっ、と揺れる。ちらちらと覗き見えるのはコンパンか。アイドルグループがミニスカートで踊っているときに、スカートのなかに見えるアレなのか。  そして目のまえの御馳走にますます息を荒くした男は、もうかまうものか、とお嬢さまに抱きついた。

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