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第8話

「ふぐっ⁉ ――っ。うーっ。うぅーっ!!」  突然うしろから口を塞がれて、地面に引き倒された潤太の驚きは、並ではない。 (ぎゃーーっ!)  なになになに⁉ なにぃぃぃっっ? なにごとっ⁉  襲いかかってきた謎の人物に身体をひっくり返されて、背中から羽交い絞めにされて地面に押さえつけられる。ただでさえ冷えて痺れるようだった頬が土に擦られて、酷く痛んだ。 「うーっ、うーっ!」  地面のうえに押しつけられた潤太は、とにかく自分に被さっている相手から逃れようと手足をばたつかせたが、相手はずっしりと重く容易ではなかった。  突然のことに心臓が飛び出そうなほど驚いたので、そのショックもまだ引きずっている。心衝撃と恐怖による心臓発作で、死んでしまうのではないかと潤太は不安になってきた。しかもだ――。 (ひぃぃぃぃっ。このひと、ちんこ勃ってるっ、きっもいっ)  自分に(またが)る男の股間は明らかに形を変えていて、潤太のお尻にその感触を伝えてきていた。 「うーっ、ふぐっ、ふぐぅぅっ」  離せと云っても男はまったく聞いてくれない。暴れて抵抗しているうちに、潤太にもだんだんこの状況が飲みこめてきた。彼の異様な興奮具合。勃起した股間。身体を弄る手の動き――。 (俺、ヘンタイさんに身体を狙われているんだ!) 「うううっ、うっうっ!」 (男を襲うとか、こいつホモなんじゃないの? あっ、でも今の時代、そんなこと云ったら差別になっちゃうのか?)  それでも男に自分の貞操を奪われるだなんて嫌すぎる、殺されるのではないにしても、これはなんとしてでも逃げなければと、潤太はよりいっそう暴れだした。 「ふぐーっ、ふぐふぐっ!」 (いたっ! いたっ! ちょっともう、スカートやばいって‼)  乱暴な動きのせいで、砂利や木の枝が潤太の素脚に傷をつけていく。こんなときではあるが、若い女の子にこんな防御力ゼロの装備で登校させるている教育機関の常識を疑った。そして潤太はようやく重要なことに気づく。 (ちっがーうっ。そうじゃないんだよ! 今おれスカート穿いてるから、こいつに女だと思われているんだ! こいつはホモじゃなかったんだ!) 「ふぐふぐふぐぅぅっ」  ホモ扱いしてすまなかったと思いつつ、だったら自分は男なんだと主張してみたのだが、これも彼は聞いてくれない。  そうしているうちに振りまわしていた手を、突然相手に逆手に取られた。 「うわっ」  そのまま力技で仰向きにされると、彼の身体が離れてやっと胸の圧迫感から解放された。 「げほっ、げほっげほっ」  しかしそれもわずかな間のことで、激しく咳きこむ潤太のうえに、男はまたのしかかってくる。ぴったりと身体にくっついた中年男の腹がへそのあたりでぶよんぶよんと弾むのに、おぞ気が走ったが、しかしやっと、口は自由だ。 「ちょっと、誤解だって! 俺、オトコだからっ!」 (これでどうだっ!)  潤太は男にきっぱりはっきり云ってやった。これで変質者はさっさと退散してくれるだろう。ところがだ。 「はぁ? なにを云ってんだ? そんなことを云われて俺がそうだったんですか? って騙されるワケがないだろーが、ハンッ、お嬢さま!」  男のやたらとセリフ臭い言葉に、潤太は目を丸くした。 「お、おじょうさまぁ?」   「そんだけ気概があるなら、ぜひ俺のことをいじらしくキッっと()めつけてくれないかな、ハハハハハッ!」  この変質者はいろいろと(こじ)れていたようだ。さらにわざとらしい高笑いまでつけくわえられて、潤太は「ぶふっ」と噴きだした。 「あははははははっ。ぎゃははははははっ。わ、笑わせないでっ、げほっ、ごほほっ、あーははははははっ」  潤太は身体を(まさぐ)る男をそっちのけにして、おおいに笑った。彼に乗っかられて息苦しいというのに、なぜにこの男はこんなにも自分を笑わすのだろうか。 「あはははっ、うえっ、げほっ、げほっ」  ところが咳きこんだ潤太の口のなかに、偶然男の()いた生暖かい息が入ってきて、潤太はいっきに蒼ざめる。 (おえぇぇぇっ)  笑っている場合ではなかった。 「もう、はやく退いてってばっ! 気持ち悪いんだよっ」  乱暴な手つきでネクタイを引き抜き、強引にシャツの隙間に手をつっこんできた男を、潤太は渾身の力で跳ねのけようとした。 「なにやってんのってば! 服を脱がすなっ! 俺は男だって云ってるだろう! 胸揉んだんなら気づけよっ」  それでも信じてもらえず、ついにはビリッっと布の裂ける音がする。 「ひぃぃぃいっ、無理したらやぶれるぅぅ、って、いま、破けただろーがっ! 兄ちゃんに叱られるじゃないかっ!」 「うるさいっ! 少しは黙れ‼」  バシッ!  潤太はついに男に頬をぶたれてしまった。 「いってぇっ!」 (なんで、ビンタなんだよっ。おまえは女子かっ!)  男ならコブシでこいよっ、と内心で突っ込んだ潤太だが、たとえ平手であっても男に力いっぱい殴られると、相当なダメージだった。  たいてい男が男に乱暴を働くときは、グーパンチ。そして女性を威嚇するときには平手打ちが主流じゃないか。つまり、暴漢は本当に自分を女の子だと信じているのだ。その証拠に彼は続けた。 「フフフッ、なぁんだ、お嬢さまは、ぺちゃぱいか?」 「ぶはっ、ちょっ、やめてぇぇっ。だから、笑わせないでっ。って、ぎゃぁっ! どこを触る気だっ!」  シャツのなかの下着をたくしあげられるのに抗議すると「おまえ、すこし黙ってろっ」と、またもや潤太は口を手で塞がれた。 「――っ! んーっ、んーっ!」  男のハァハァと荒い息が首筋に掛かって気持ち悪い。かちかちの股間を太ももに擦りつけられて吐き気までしてくる。  さらには口を塞いでいるほうとは反対の手で、素肌の腹や胸を撫でまわされて、気が狂いそうなほどの擽ったかった。 「ふ、ふぐ、ふぐっ」  笑いたくても笑えないので既に息も絶え絶えで、このままいくと窒息死だ。 (く、くすぐったいぃぃっ。キモイけど、くすぐったいぃぃ、ぎゃははははっ)  そうしているうちに、潤太のぺちゃぱいぶりがつまらなかったようで、乳首を捏ねたり抓んだりしてた手も、ついでに口を塞いでいた手も離れていった。そして彼の両手はついに潤太のスカートのなかに入ってきたのだ。 「ぎゃぁぁっ、んなとこに手ぇいれんなよ」  股間の深い位置に差しこまれた手で撫で上げられて、潤太の息子がふにゅりと押しつぶさる。ぴょこんと身体を跳ねさせて潤太が「きゃぁっ!」と叫ぶと、とたんに男の手はそこから出ていった。 「いってーなっ! 俺のちんちん、つぶれたらどうすんだっ!」 「…………あ……………………………………。」 「ん?」 「…………………………………」 「あ」と呟いたきり呆然として動かなくなった男の顔のまえで、潤太は手をひらひらと振ってみた。 「……おい? もう終わったのか?」  潤太が「ふむ?」と首を傾げると、頭の後ろでカサッと落ち葉の潰れる音がした。  やっと自分が男だとわかってもらえたんだと、潤太はほっと胸を撫でおろす。でもこのあといつ彼が正気に戻るかわからない。腹いせに殴られる可能性だってあるのだ。 「よいしょっと……」  潤太は固まってしまった男の下から這い出すと、さっと立ち上がった。  乱れた息も整えたいし、あちこち痛む箇所もある。でもとりあえず潤太は身を守るために、この場から逃げることを優先させたのだった。

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