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第9話
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大智は潤太を探していろんなところを回ったが、結局校舎のどこにも彼を見つけることができなかった。スマホに連絡をとっても無駄に終わっている。彼に電話をかけたら、自分がもっていた彼の制服のポケットからコールが鳴ったのでがっくりした。
「いったいあいつはどこにいるんだよっ。下駄箱に靴はもうないし。もしかしてあのまま帰ったとか云わないだろうな?」
それでもきっと定期券や財布もこのカバンのなかにはいっているのだろうと考えると、とうてい彼が帰宅したとは思えない。大智はこうなればもう校門で待っているのが一番の良策だと、スリッパから靴にはき替えて校門に向かった。
「いたっ!」
大智が第一校舎のエントランスまでくると、ちょうど校門をくぐって潤太がこっちに走ってくるのが見えた。なんと彼は学校の外から帰ってきたのだ。
(そりゃどんだけ校内を探してもにいないわけだよ……)
大きく肩を落として、でかい溜息を吐いた大智だったが、そこで潤太の様子がおかしいことに気づいた。
(なんか服が乱れていないか? っていうかアレ破けてるよな?)
大智は眉を顰めた。そのまま保健室のある棟に走っていこうとする潤太を呼び止める。
「おいっ、吉野っ! おまえどこ行ってたんだっ!」
あたりはすっかり薄暗くなっていたので、たぶん彼から大智の顔は見えていなかたっただろう。しかし声でわかったのか、彼は足を止めることもしないでこちら向かって走ってきた。
「大智せんぱいっ」
「うがっ!」
潤太がそのまま床を蹴って自分の胸に飛び込んだので、勢い、潤太を抱えたまま大智は尻もちをつくはめになった。
「いってぇっ! っていうか、どうした、吉野?」
「うわぁぁあんっ、大智せんぱーいっ」
がばっと顔をあげて情けない声で名まえを呼んだ潤太に、思わず大智はぎょっとした。
みるみるうちに彼の大きな瞳に涙が浮かび上がったかと思うと、大きな粒となってぽたりぽたりと彼の頬を転がり落ちたのだ。
「なにがあった⁉」
破けたシャツに、ぐしゃぐしゃになった髪。殴られたのか、頬が腫れて口もとには血が染みていた。よくよくみると、脚のあちこちにも擦過傷がついている。
うえっ、うえっと、嗚咽をあげる潤太の姿が痛ましくて、胸に収まった彼の背中に大智はおずおずと手をまわした。できるだけやさしくとんとんと叩いてみる。
あまりこういうことには慣れていないが、後輩が自分を頼りにしているのならば、戸惑ってもいられない。
(こんな感じでいいのか? よくわかんねぇ)
大智は女の子相手と男相手では勝手が違うような気がしてならない。
(き、気恥ずかしい……)
「告ってフラれた、とかじゃないよな? この恰好」
優等生然 りとしたあの俊明が、潤太をフルことはあっても、服を破って顔を殴るわけがない。
「ほら、もう怖いことはないから泣きやめ、どした? なにがあった?」
努めてやさしい声をだしてみるが、うまくできているのか、いまいち自信のない大智だった。
「たいちせんぱいぃ。こ、こわかったぁ。うっ。うっ。……お、俺が――……、」
「別に無理して話さなくてもいいんだぞ」
もし嫌だったことを思い返して、さらに潤太が辛くなったりパニックを起こしてはいけないと大智は慎重になった。
「ぐすぅっ。う、うん。」
嗚咽に歪んだ潤太の表情から、よほど怖い思いをしたのだと想像がつく。ひとりで辛い思いをした彼がかわいそうで大智の胸が痛んだ。
「お、……、俺が、……。斯波先輩が来るのをっ、うぅぅっ」
「よしよし、大丈夫だから……」
大智は縋ってくる潤太の頭を撫でてやる。不謹慎にも話そうとする潤太に自分が頼られていると感じて、胸がすこしざわついた。
「公園の茂みに隠れながら、待っていたらっ、うぅっ……」
「…………はい? おまえは変質者か?」
同情しながらうんうんと聞いていた大智だったが、思い浮かべたその光景にはたと正気に戻ってしまった。
(公園って、すぐそこの公園のことか? あの夜になると物騒な?)
「そしたら、さ、さきに茂みに隠れていたっぽい、本物の変質者が……、ガーッって」
(そりゃ、そうなるよな……)
「……俺、俺、男なのにっ。そう云ったのに……ぐすっ、全然信じてくれなくて……っ」
「うん、うん、それは怖かったな」
(ああ、そこは性別こだわるのな……)
そこまで話した潤太は、ヒイィックと大きくしゃくりあげると、変態にガーッとなられたあとの展開を思い出したのか、いきなりまた大声で泣きはじめた。
「口をがばってっ、塞がれて、うぅっ、めちゃくちゃ……怖かったんだっ。うっ、ううっ、ひっく。お腹もでっかくてべちょっとしてて……、うえっ、……うぇぇえん、……き、きもかったぁ、ぐずっ」
「…………そ、そっか」
(この様子じゃ、どうやら、未遂だな)
幸いいまは周囲には誰もいない。もうどの生徒も帰ってしまって校舎には人気 はまったくなかった。だったら無理に彼を泣きやませることもないだろう。
そう判断した大智は、潤太の気のすむまで泣かせてやることにして、そして自分はそれを辛抱づよく慰めてやることにしたのだ。
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