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第12話

 今度の告白作戦は、まずはじめに俊明とぶつかるところからはじまる。どかんとぶつかっていって転びそうになったところを、彼にひっしと抱きとてもらうのだ。それでも勢いが余って廊下に転がったふたりの間に、きゅんきゅんのときめきタイムがやってくるといった寸法だ。そしてそこで「斯波先輩、好きです」と愛の告白をする。  今回も企画は完ぺきだった。重要になってくる俊明のクラス移動の予定だって、前もって大智に調べてもらっていた。何度も脳内でシミュレーションしているし、昨日の夜だってベッドのなかでうまくいくところをいっぱいイメージしておいた。 「完ぺきだ」  くくくくくっ。晴れて俊明とカップルになったところを想像した潤太は、笑いをかみ殺しながら廊下を走っていた。  ところが目的の視聴覚室がすぐそこといったところで、後ろから「吉野!」と呼ばれて潤太は立ち止まった。振り返ると追いかけてきたらしい大智が、立ち止まって息をきらしている。 「あれ? 大智先輩なんでついて来たの? よく俺に追いついたね」  走って移動する潤太に追いつく人間はそうそういない。それなのに、自分よりもあとに保健室をでたはずの大智が自分に追いつくだなんてびっくりだ。さすがの元駿足(しゅんそく)の陸上部員。    それとも大智がそろそろ潤太の行動に慣れてきたということか。なにせ潤太が一度走りはじめると、みんなはその足の速さよりも予測できない移動パターンで潤太のことを見失うらしいのだから。 「おまえ、合体って、身を挺するって、そりゃダメだろーがっ!」  まだ息も整っていない大智にがしっと肩を掴まれて、潤太は目をぱちくりさせた。 「へ?」 「それに、ここ、学校だぞ? 吉野には自制心もなかったのか?」 「はい?」  大智が真剣なのは伝わってくるが、云っている意味のほうはさっぱり伝わってこない。 「あの、ちょっとなにを云っているのかよくわからないんですけど?」 「いいから、吉野、その作戦はダメだ! やめておけ」 「なんで⁉ すっごい念入りにつくった作戦なんだよ? 今更やめられないよ」 「なんでって、いま理由を云っただろうが、そんな作戦、俺が許さん」 「えぇっ⁉ そんなの横暴だよ、大智先輩、腕放してよっ。はやくしないと斯波先輩が来るって!」  そんなやりとりをしているうちに、視聴覚室に移動してきた俊明の姿が見えた。 「ほら、来ちゃった‼」 「うわっ、こらっ」  俊明に見つかってしまったらヤバいと、潤太はとっさに大智の腕をひいて廊下を曲がった。  この廊下のコーナー近くには、飛びだした柱がある。ここに隠れておいて、俊明がこちらに曲がって来た瞬間に、正面衝突を装うのだ。学校が広いといっても、この場所以外ではほかに条件に適った場所はない。 「ほらぁ、先輩、もっとちゃんと隠れて。身体おっきいんだから斯波先輩にバレるじゃないか。ってか、先輩はそっちのトイレにでも入っておいてよ」 「それが先輩にたいする云いぐさかっ!」  云われたことが気に障ったのか、頭をベシッと叩かれ「いてっ」っと首を竦めた。 「おい、吉野」 「シッ! 先輩、黙って! 斯波先輩に気づかれるっ」  潤太は大智の身体を、壁の窪まりにぎゅうぎゅうと押しこんだ。 「って、おい、おまえなにする気だ?」 「ここで、待ち伏せて、タイミングを見て斯波先輩にぶつかるんだよ」 (ああ、もう先輩きちゃうから、大智先輩はおとなしくしといてよっ) 「……じゃあ合体ってなんだ?」 「ぶつかっていっしょに転んで、先輩を押し倒すんだよ。そうしたら先輩が俺とのふいの密着にどきっとするでしょ? で、そこで、ずっと好きでした! って告白。わかった?」  潤太はプラン内容を告げると、大智ににっと笑ってみせた。 「この間襲われた日にさ、俺、大智先輩に突っ込んだでしょ? あれがこの作戦のヒントになったんだ」  どうだ! と自信作に潤太が胸を反らせると、大智は呆れた顔を返した。 「お前なぁ。それってあのとき、俺がお前にどきってしたことにされてるよな? いったい、いつ俺がお前にどきっとしたって云ったよ? 勝手に決めるな」 「……へ? アレ?」 (云われてみれば……。 俺、間違えた?) 「あれ? おや?」  そうだ。よくよく考えると、あのときどきどきしていたのは自分で、そして自分はぶつかられたのではなく、ぶつかっていったほうだ。だったらまったく立場が逆ではないか。  とんでもない思い違いをしていたことに、いまさら気づいた潤太は、恥ずかしさで一瞬にして身体が熱くなった。 「おい、どした? いきなり顔が真っ赤だぞ?」   (し、しまった……)  これじゃあ自分があの日、大智に抱きとめてもらったときに、ときめいたってことを、本人に告白したことになるではないか。 「あれ? そっか、そっか」  口からでた言葉は、激しい動揺のあまりしらじらしくなった。  しかしこれほど潤太が慌てているのに、当の大智はその理由に気づいていないようだ。 (セーフ? セーフか? 大智先輩が鈍感でよかった。このまま大智先輩が、なにも気づきませんように……)   「だいたい相手の迷惑も考えろよ、吉野。公園で変態のおっさんに密着されて、お前はどうだったんだ? うれしかったか? どきっとしたのか?」  思い返したくもなかったが、云われて蘇った記憶に、潤太はぶるぶるっと背中を震わせた。ときめくどころか、身の毛がよだつ。大智はそんな潤太に、溜息交じりに「わかったか?」と呟いた。 「しかし、なんで、そんな発想になるかな……? お前ちょっと自信過剰じゃね?」 「は、はははははっ、なんでだろう?」  大智に問われてどきまぎする。 (なんでって。それは……)  ありかな? と潤太が思ったからだ。   あの日、ぎゅっと抱きしめて慰めてくれた大智に、途中から潤太はどきどきしっぱなしだった。あのあと一緒に駅まで歩いた道中、なぜだか彼の顔を見れなくなってしまって、潤太はずっと下を見て歩いたくらいだ。そのときの気持ちがいったいなんだったのか、潤太は一度も考えていない。 (ぎゃー。もうなにがなんだかわかんない。俺が好きなのは斯波先輩なんだからっ)  だったらとりあえずは、ここに来た目的を果たせばいい。ほらもう窓には、廊下の角にさしかかった俊明が映っているではないか。 「ほんと馬鹿なヤツ」 「大智先輩! バカって云うほうが、バカなんだからねっ!」  そう大智に云い捨てた潤太は、タイミングを見計らって柱の陰から飛びだした。 「あっ、吉野っ!」 (え?――うわっ⁉) 危ない! と叫ばれたときにはすでに遅く、正面から走ってきた誰かにぶつかった潤太は、思い切り吹っ飛ばされていた。 「いったっ、痛いって! いったいなんなの!?」  派手に転がって、肩から床に打ちつけられた潤太の視界の端に、巨体が走り去っていくのが見えた。こちらを振り向きもしないで「わるいっ!」と叫んだ巨体は、あっという間に見えなくなっていく。 「なんだよ、あれ! あて逃げじゃないかっ」  立ち止まりもせずに、悪いとだけ云われても、納得なんてできない。文句を云うと、すかさず「それを云うなら、ひき逃げな」と大智に云いなおされた。 「先輩いまのひとがひどいとは、思わないの⁉」 「なに云ってんだ? だいたい、お前も同じことを斯波にしようとしていたんだろうが……。大丈夫か? 立てる?」  大智の一言はもっともで、「がーん」となった潤太は、つづいて後ろめたさにしゅんとした。 「うん。…………先輩、痛いよぉ」 「うわぁ。お前また顔から血ぃ出てんぞ」  倒れた拍子に歯で唇が切れたらしい。口の中に鉄っぽい嫌な匂いが広がっていた。 「よし、吉野。今日も作戦は失敗だ。基地に戻るぞ」  ぬっと手を差し出されて、潤太は僅かに顎をひいた。 「ほら! はやく」 「う、うん。……ありがとう」  そっと伸ばした潤太の手は、余裕で大智の大きな手のひらに包まれる。 「よっ、と!」  引っぱられると、簡単に潤太の身体は持ち上がった。  むぅ。 (力もちかっ)  口を尖らせると、ぴりっと唇の端に痛みが走った。 「いてっ」  「なにやってるんだよ? 口切ってんだから、動かすなって。馬鹿なやつ」 「バカって云うほうが、バカなんですぅ、いてっ」 「わかった。じゃぁ、お前は、アホな」  軽口を叩きながら、放課を終えるチャイムが響く廊下をふたりでならんで歩く。生徒たちがすっかり教室に収まってしまうと、廊下はしんと静まり返った。時折、教室から教師の声が聞こえる程度だ。そうなると……。 (やっばいよ、これ)  潤太は大智に握られている自分の右手を意識してしまい、困ってしまった。鼓動がトクトクとはやくなってくる。  人気(ひとけ)のない長い廊下には、確かに自分たち以外に誰もいないんだけど。  だから今、ふたりの間で繋がれたままの手を、誰かに見られてしまうことはないんだけど。 「ほんとアホなヤツ」 「アホじゃないもん……」  胸の鼓動が大きすぎて、それがすぐ隣を歩く大智に聞こえてしまいそうで――。 (大智先輩に、心臓の音、聞こえちゃうよーっ)  それは潤太にとって非常事態だった。

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