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第13話

「失礼しまーす」  大智が保健室の扉をガラッと開けると、そこには見知らぬ白衣の女性がいた。数回見たことのあるここの担当は確か男性教諭だったはずだ。 「あれ? いつもの先生は?」  大智がきょろきょろ部屋を見渡していると、その女性は潤太の顔の傷に気づいたらしい。 「あら? 怪我したの? こっちきて、すぐ診るから」  手招きされた潤太は「お願いします」と殊勝に頭を下げて、先生に勧められた椅子に座った。  そんな潤太のつむじを大智は見下ろす。 (なんだ、こいつ。さっきからなんかしおらしいな) 「先生は新しい保健の先生なんですか? いつもの男の先生は? っていうか、最近ここずっと先生が留守みたいだけど?」  お陰でここを基地だと称して、潤太と一緒にのびのびと寛がせてもらっていた。学園生活も大半を過ぎた今頃になって、この学校に新しいくつろぎスポットを見つけられるとは思いもしなかった。  潤太は以前からここの常連さんだったようで、ちょこちょこと、ここに顔を出しているらしい。どうせこいつのことだ、擁護教諭にも気に入られて、存分に甘やかされているのだろう。 「そうなのよ。いや、違うんだけど、そうなの。って……もう、ややこしい」 「ぷくくっ。 いてっ! もう、先生、なに云ってるの? 笑わせないでよ。俺いま、口が痛いんだから」 「あら、ごめんなさい。そうなのよってのは、男の先生で正解だからよ。この間から吉野先生がインフルエンザで休んでいてね。他の養護の先生と保健委員とで、なんとか回していたそうなんだけど……」 「どうりで、いつ来ても誰もいないと思った。でも、インフルエンザで休むとかって、せいぜい十日くらいじゃないんですか?」  大智はもっとまえからここの擁護教諭を見ていない。 「なんとそれがあの先生ったら、インフルエンザが治ったと思ったら、今度は食中毒で入院しちゃったの。みんなびっくりよ。で、いよいよ手が回らなくなったって云うので、中学部の養護教諭の私がいまここに」 「なんすか、それ。どんくさい話ですね」 「きっとインフルエンザの間、まともなものが食べられなくて、治った途端に調子にのって食べすぎたんじゃないかって。もぅ、職員室で大盛り上がりよ」 「病み上がりなんて、ふつう胃腸が弱っているもんでしょ?」 「そうなのよ、あなた、よく知ってるわね。仮にも保健の先生がってことで、話題もちきりよ」  そりゃそうだろう。それにしても食中毒って意外に身近にあるもんなんだな、と大智は彼女に相づちを打ちながら思った。  ついでに彼女をどっかで見たことがあると思っていた答えもわかり、すっきりする。彼女が中等部の保健室の担当をしていたのなら、大智が中等部だったときに、彼女にはいろいろ世話になっていたはずだ。 「へ、へえ……。フフフフフ。面白いですねえぇ。いてぇっ!」  口が切れているのだから黙っていればいいのに、会話に口をはさんできた潤太が悲鳴をあげた。  痛みに歪んだ顔を見ると、せっかく先月の傷が治ったばかりの場所に、またもやでかい絆創膏を貼られている。 「あら、ダメよ、あなたは笑っちゃ。傷が開くでしょうが」 「そうだよ、お前は笑うな。……しかもその欺瞞に満ち満ちた笑みはなんなんだ? 胡散臭いな」 「え? お、俺? やだなぁ、いつもと同じ笑顔だよ⁉ 先輩、云いがかりつけないでよ」  大げさに首を振った潤太を、大智は胡散臭げに見下ろした。 (だいたいなんで、そこでどもるんだ?)  なんだかコイツはさっきから怪しい。おとなしかったと思えば、いまはまるで悪さを隠すかのように態度を繕っている。 「そうだな、いつもと同じ、憎たらしいオ・カ・オですね」 「あれ? 先輩、俺の顔かわいくない?」  戯言を返した潤太に、先生が噴き出した。 「そのかわいいオ・カ・オには、特別にお高い絆創膏を貼ってあげたのよ。これ傷が残らないヤツだから」 「おぉー。先生、ありがとうございます。いたっ」  こいつには学習能力はないのかと、大智は絆創膏のうえを押さえて顔を顰める潤太に、いよいよ呆れてしまった。 「だから、お前はもう口を閉じてろ。しゃべるな」 「ほら、終ったからふたりとも早く授業に戻って」  大智は先生に丁寧にお礼を述べると、口に手を当て「痛い痛い」と騒いでいる潤太を連れて、保健室をあとにした。

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