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(12) 夏樹 3 それは遠き高み
夏樹は、はぁ、はぉ、と息を荒げていた。
投げ技を仕掛けたいのだが、全くと言っていいほど、相手の懐に入れない。
その相手とは、夏樹の倍程もあろかという程の大男。
ゴリラのようなマッチョで、短髪、そして薄手のタンクトップ姿のなり。
その巨漢は、自分の右拳を触りながら見下ろして言った。
「よく、交わしたな。俺の右ストレートを……」
余裕さながらの口調。
一方、夏樹は、巨漢の猛烈なラッシュを防ぐのやっとで、ガードしていた両腕はすでに悲鳴をあげていた。
夏樹は頬から血が出ているのに気が付いて、舌打ちした。
先程繰り出されたこの巨漢の右ストレートを、後ろへと見切りでギリギリ交わしたつもりだった。
が、頬をギリギリかすめたらしい。
しかし、それで済んだのはラッキーだった。
それは、夏樹の直感だった。
この男のそのパンチは、おそらくガードを突き抜け、顔面に強打する。
つまり、一撃ノックアウトされる。
それを察知しての事だった。
夏樹は、呟いた。
「くそっ……オレはこいつらを見くびっていたぜ。畜生」
さて、なぜ夏樹がこの様な格闘劇を繰り広げることになったのか?
それは、数時間ほどの前にさかのぼる。
****
夜も更け、街角にひと気も減り始めていた頃の事。
例の張り込み場所にはひとり夏樹の姿があった。
「拓海のやつ、来たら奢ってもらうぞ!」
などとほくそ笑みながら、拓海が合流するのを待っていたのだが、これまでに見かけた事がないトラックを目にした。
そう、ついにこの張り込みにも進展があったのだ。
夏樹は、さっそくそのトラックに近づく。
そして、そのトラックの中で、ぐったりとして横になっている男の子を目撃したのだ。
その男の子は首輪をしていて、そこに例のマークを確認した夏樹は、
「ビンゴか……」
と当たりを引いた事を確認した。
それで、直ぐに拓海へ連絡を入れた。
「拓海。良かった、出てくれて! 例の組織のトラックが現れた!」
「よし、でかした! そのまま映像を送ってくれ。ナンバーが知りたい」
「拓海、それは後だ。どこに向かうのか調べる。分かったら、また連絡するぜ」
「な! 夏樹! 余計な事はしないでいい!」
「もうトラックへ乗り込んじまった。へへへ」
「ば、バカ! よせ!」
「任せておけって!」
そんなやり取りをした後、トラックは出発した。
夏樹には、どうしても自分でこの山を解決したい、という強い信念があった。
『確かに、拓海は合気道の達人かもしれない。しかし、自分の方が圧倒的に強いのだ。だから、自分は拓海を守る。拓海の為に自分は戦う。愛を守る為の強さが有る事を証明したい』
そんな過去の自分と向き合う戦いを胸に秘めていた。
さて、夏樹を乗せたトラックは、ある港の船着き場へと辿り付いた。
そこは目的地の中間地点だったのだが、なぜそこに止まったのかというのは、後で分かる事になる。
かいつまんで言うと、このトラックの運転手の小太りの男と、ボス格の巨漢の男の趣味によるものである。
その趣味とは、組織に内緒で、連れ去らわれる男の子達にこっそり手を付ける事。
その日も、男の子のアナルを美味しくいただこうとしていたのだが、夏樹の存在に驚く事になる。
夏樹は、なぜ港に付いたのか? と不審に思うのだが、まずは荷台の扉を開けた運転手の小太りの男を血祭りに上げた。
不意を付いたのもあって、これは造作も無い事だった。
問題は、ボス格の巨漢の男。
どうやら何かの格闘技をかじっていたらしく、戦いの中でかなりの強敵だった事が判明した。
考えてみれば分かる事だが、このような秘密組織なのだから、それなりの人材を用意しているのは当然の事といえる。
ただ、夏樹はそのあまりの強さに驚きを禁じ得なかったのだ。
****
さて、夏樹と巨漢との戦いに戻る。
巨漢は、ファイティングポーズを取りながら夏樹に近づいた。
「しかし、執行人ってのも口ほどにもないな……まぁ、柔道ってのは懐に入られなければなんのことはないからな」
どうやら夏樹の噂は耳にしていたらしい。
それでも、向かってくるってことは相当自信が有るということなのだ。
夏樹は、この男を分析していた。
この男は戦い慣れている。柔道家の弱点もお見通しだ。強い……。
夏樹は、ここに来て、この男を多少見くびっていたことを今更ながらに後悔した。
しかし、このピンチを何とか打開しないといけない。
「さて、逃げてばかりじゃ、俺には勝てないぞ! がははは!」
巨漢は、余裕の顔で夏樹に迫る。
たしかに、この男の言う通りである。逃げていては勝てない。
(何か考えろ、夏樹!)
夏樹は自問した。そして、ある事を思いついた。
****
「来ないなら、こっちから行くぞ!」
バシ、バシ、バシ! バシ、バシ!
再び、巨漢のジャブのラッシュが始まった。
夏樹は、ガードを固める。
「おらおら、どうした! がははは!」
「確かに、懐には入れない……しかし、こうしたらどうだ!」
バコッ!
夏樹の顔面にジャブがさく裂した。
いや、違う。
芯を外している。
手ごたえの無いパンチに巨漢が言った。
「な、なにを……ワザと当たりにきたのか!?」
「そうだ!」
夏樹は頬についた拳ごと、その腕を絡めとるように取った。
そのまま、体を宙に浮かせながら、肘を固めた。
片腕をとられた巨体の男は、ズドーンと、そのまま倒れる。
肘を夏樹にガッチリと固められて動かす事ができない。
それどころか、猛烈な激痛が巨漢を襲う。
「ぐっ……ぐぐぐっ……腕ひしぎ十字固めか……」
苦痛に唸る巨体の男。
あまりの痛さにバンバンと逆の手を地面に叩き付けた。
腕ひしぎ十字固め……。
それは、夏樹の得意とする関節技。
相手を負傷させる可能性が高いため、夏樹自身あまり使わないようにしている。
しかし、背に腹は変えられない。
夏樹は、脅すように言った。
「このまま骨をへし折るぞ……大人しくいう事を聞くのなら放してやる」
「な、なにを……これしき……うっううう」
ミシミシ……。
腕が軋む。
巨漢は、はぁ、はぁ、を息を荒げて唸り続けた。
しかし、それも限界。
人間の関節を狙ったこの技は、禁じ手だけあって抗いようがない。
「わ、わかった……お前のいう事を聞こう……」
と、言いかけた。
その時……。
ドカッ!!
という音と共に、夏樹の腹部を痛みが襲った。
「な、なんだ……」
目の前に、運転手の小太りの男が立っていた。
「お前、よくも殴ってたな! この野郎!」
ドカドカと夏樹の腹部に蹴りが入る。
その隙を見逃さずに、巨漢が転がるように抜け出した。
そして、起き上がって言った。
「よくやったぞ! さぁ、形勢逆転だな、執行人! がはははは!」
夏樹は、小太りの男を見て浅かったか、と舌打ちをした。
こんなに早く目が覚めると思っていなかったのだ。
逆に言えば、それだけ時間が掛かってしまっていた、という事になる。
せっかくの逆転劇だったのに、失敗に終わった。
夏樹は、じわりと頬に汗が滴るのを手の甲で拭った。
(1対1でも苦戦していたのに、1対2でどうしたらいいのか……)
****
夏樹が目を覚ますと、目の前に巨漢の姿が有った。
体は、小太りに羽交い絞めにされて動かせず、下半身はすべて脱がされて裸の状態。
既に抵抗する力さえ残っていない。
結局、夏樹の奮闘虚しく、男二人にボコボコにされて倒れ込んだ。
完全な敗北。
「な、何をする気だ……」
夏樹は、かすれ声で言った。
巨漢は夏樹の問いには答えず、変わりにカチャカチャと音を立ててズボンを脱ぎだした。
「お前みたいに威勢いいのとするのはひさしぶりだな、がははは」
「うっ……」
夏樹は、お尻に違和感を感じて声を出した。
アナルに指が挿ってくる感覚……。
後ろから小太りの声が聞こえた。
「へぇ、コイツ開通済みでっせ、兄貴!」
「ほう、なら思いっきり楽しめそうだな。ふふふ」
巨漢の男は、おもむろに夏樹の両腿の根本を持ち、抱き抱えた。
そして、無造作に、自分の勃起したペニスを夏樹にアナルにぶっ刺した。
夏樹は、あまりの激痛に悲鳴を上げた。
「ぐぅぅう……がはっ……や、やめろ……」
涙がぽろぽろと滴り落ちる。
そんな、夏樹の事にはお構いなく巨漢は歓喜の声を上げた。
「う、ううう。すげぇ、気持ちいいぞ! 締め付けがたまらねぇ……最高だ!」
巨漢は、豪快にピストンを始めた。
パーン、パーン、と突き上げられ、夏樹の体はその度に宙に浮く。
力を失った夏樹は、されるがままに、犯され続けた。
宙に浮いては、奥まで突きささる。
それを、何度も何度も繰り返し、やがて夏樹は気を失い掛けた。
その中で、夏樹の意識は遠く拓海に向いていた。
(た、拓海……オレは一体何をやっているんだろうな……お前にすら捧げられなかったのに、こんな野党如き相手に……)
「兄貴、オレも、オレにもさせてくれよ!」
小太りの叫び声で、夏樹ははっとして目を開けた。
いつの間にか小太りも下半身丸出して、粗チンを勃起させている。
巨漢の男は、腰を突き上げながら言った。
「しょうがねぇなぁ……分かったよ、お前も挿れてこいよ。二輪挿しといこうじゃないか……」
「やった! サンキュー、兄貴!」
小太りは小躍りしながら、駅弁で繋がっている夏樹の後ろに回り込んだ。
そして、夏樹の腰を掴むと、自分の腰をギュッ、ギュッっと押し付ける。
既に一本挿っているアナルにもう一本ペニスが挿ってくる。
「な、何をやっている……うぐっ……」
アナルがミシミシと拡張される感覚。
あまりの激痛に、夏樹は息が出来なくなった。
「ああ、すげぇ、きっつ……気持ちいいな、兄貴! ああ、絞りとられるうっ!」
「ううう、確かに最高のアナル。これは、一晩中楽しめそうだな。がははは!」
圧迫される下腹部。
汚らしいペニスによって蹂躙される自分の雄膣。
あまりに屈辱的なレイプショーに、夏樹は涙すら枯らしていた。
前後の男達が、うっ、うっ、っと思い思いに腰を振るなかで、夏樹はぼうっと宙を眺めていた。
自分の不甲斐なさ、そして拓海への思いが頭に浮かぶ。
(……こんな奴ら如きに……オレは何もできなかった。拓海……本当にすまない……愛を守る為の強さ……オレはそれを見出す事ができなかった……)
その時、小太りの男の声がすっと耳に入った。
「……ったく、お前、よく兄貴に喧嘩売ったな。兄貴は元アマチュアボクシングのチャンピオンだぜ? お前になんか敵う訳ねぇ」
「ふっ、よせよ。昔の事だ。って、まぁ、こっちのほうは現役チャンピオンだがな。がははは!」
夏樹は、二人の反吐がでそうな会話に、せめて耳を塞ぎたい気持ちでいっぱいだった。
****
どれくらい時間が立っただろうか。
おそらく、数分ぐらいだったのかも知れない。
突如、大型バイクのエンジン音が鳴り響いた。
ドッ、ドッ、ドドドドッ……。
あまりの爆音に、お楽しみ中の巨漢と小太りだったが、さすがに行為を中断した。
「ま、眩しい!!」
小太りは、バイクのヘッドライトの光りに手をかざした。
やがて、バイクのエンジンの音が止まると、誰かが降りて近寄ってきた。
巨漢と小太りは、さっと身なりを整えた。
「誰だ!」
巨漢の低くドスの効いた声。
(な、まさか……拓海!?)
夏樹の予感は当たった。
ヘルメットを外すとそこに拓海の顔が現れた。
独特のウエーブヘアーがパサッと揺れた。
ライトの光りを背負い、ゆっくりと近づく。
(た、拓海……なんで来たんだよ……)
夏樹は拓海の顔を複雑な思いで見つめた。
「てめぇ、何者だ?」
小太りは一歩前に出て、拓海を威嚇する。
しかし、拓海の歩みは止まらない。
なぜなら、拓海の目には夏樹の姿しか入っていなかったからだ。
「てめぇ、何者だって言っているんだよ!」
腹を立てた小太りは、問答無用で殴りかかった。
その拳は、拓海の顔面一直線に狙う。
ターン!!
……ばざっ。
電光石火の投げ。
綺麗な丸い弧を描き、小太りの男は頭から地面に叩きつけられた。
それは、夏樹の受け身封じの一本背負いと同様に、相手に受け身を取らせない投げ。
小太りはピクリとも動かなくなった。
一撃である。
巨漢は、その技に少なからず驚いた。
「ほう、合気道か……なかなかの使い手と見た。いいだろう、相手になってやる」
さすが、元ボクサーである。
拓海の神がかりな技をも一瞬で見極めた。
拓海は、夏樹以外はそこに居ないかように言った。
「夏樹、無事か?」
「逃げろ! 拓海。コイツは化け物だ。頼むから逃げてくれ!」
夏樹は、必死になって言った。
拓海は、心配そうな顔で首を振る。
「喋るな、夏樹。今、助けてやる……」
「馬鹿! 何言っているんだ。オレの事は放っておいて、早く逃げろ!」
夏樹は焦って怒鳴る。
(だめだ、だめなんだ……拓海。お前の合気道の護身術じゃ、叶う相手じゃない……)
巨漢は、拳をゴリゴリと鳴らしながら拓海に近寄った。
「おしゃべりしている余裕はあるのか? こっちから行くぞ! そしてお前のアナルも美味しく頂いてやる! がははは!」
****
巨漢と拓海の戦いが始まった。
巨漢は、猛烈なジャブをくり出し、拓海に投げ技を仕掛ける隙を与えない。
拓海は防戦一方になった。
夏樹は、悔しそうに歯を食いしばる。
(だから、言ったんだ……ボクシングの早いパンチを取れる訳がない……相性が悪すぎなんだよ)
拓海は両腕を立ててガードを固めている。
その腕は、やがて真っ赤に腫れて来た。
巨漢は、ニヤッとして言った。
「がははは、お前の合気道は、ボクシングの前では役に立たなかったようだな……さて、とどめだ!」
一瞬、右腕のモーションが変わった。
夏樹はそれを見て叫んだ。
「拓海! それをもらったらダメだ! ガードを突き破ってくるぞ!」
「頂点を取った俺のストレート。とくと味わうがいい!」
巨漢は勝利を確信して右ストレートをくり出す。
バーン!
地面に何かが叩きつけられる轟音。
(え!? 嘘だろ?)
夏樹はその光景に目を見張った。
それは、拓海が仕掛けた柔道技……一本背負い。
巨漢の体は地面に叩きつけられたものの、辛うじて受け身と取ったのか、くるりと回って体勢を整えた。
「くっ……まさか、俺のパンチを交わして懐に入って来るとはな……しかし、柔道とは油断したぜ。だが、次は無い」
拓海は、何事も無かったように膝についた土をパンパンと払った。
****
拓海の見せた技は、夏樹が得意としている一本背負い。
それは、夏樹が巨漢のラッシュに完封されて、出せなかった技。
それを拓海は、事も無く繰り出した。
(つ、つまり、拓海の方が、オレよりも上ってことか……い、いや、今はそんな事より)
ただ、その一本背負いですら、巨漢には通用しなかった。
ピンチな状況に何の変わりは無い。
巨漢は、早いステップを踏みながら、シュッ、シュッとシャドウを見せた。
ボクサーが本気になった姿。
あきらかに真剣な目つきに変わった。
そのまま、拓海に突進する。
バシ、バシバシ! バシ!……
猛攻なラッシュが始まった。
一部の隙も無い。
再び拓海の防戦。
巨漢は呟いた。
「ふ、どうだ? こうやって大振りさえしなければ近寄ることすら出来ないだろ?」
さすがの拓海も手が出せない。
その時、ふと巨漢が再び右腕のモーションを変えた。
その一瞬を見逃さず、拓海は懐に詰めよった。
夏樹は叫んだ。
「ば、馬鹿! 拓海、それは罠だ!」
同時に、巨漢が言った。
「掛かったな! とどめのアッパーだ!」
それは夏樹の読み通り、拓海を懐にワザと引き込む罠。
拓海の顎に、巨漢の強烈なアッパーがさく裂する。
バキ!!
骨が砕けるような鈍い音。
同時に、呻き声。
「ぐはっ……」
その声の主は巨漢だった。
鼻血が飛び散り、体は横に傾げていた。
「フックだと……な、なんという重いパンチ……貴様、ボクサー……だったのか!?」
(ぼ、ボクシング! 嘘だろ!?)
夏樹も驚いて声が出ない。
拓海は、何事も無かったのように、腰を落としたまま踏み込んでいる。
思いっきり肘が引かれ、拳が逆手方向へと向きを変えていた。
それに気が付いた巨漢は、焦りながら言った。
「な、なにを……ま、まさか、アッパー……だと!?」
次の瞬間。
物凄い轟音と共に、巨漢が宙に舞った。
振り切られる拓海の拳。
それは、天高く持ち上がる。
「ぐ……な、なんて男だ。ヘビー級チャンプの俺が……」
そこで巨漢は意識を失った。
そして、そのまま地面に叩きつけられた。
****
意識を取り戻した巨漢は、目の前に拓海の姿を捉えた。
恐る恐る拓海を見上げる。
そして、汗をだらだらを流しながら、怯え顔で言った。
「ま、待て……お前達は、『双頭の蛇』を探っていたんだろ? ほ、ほら、俺を倒すと分からなくなるぜ」
拓海は、黙って巨漢を見下ろす。
巨漢は、ゆっくりと膝を立てながら言った。
「お、俺達は雇われているだけだからな……まぁ、良く分からないのだが……」
と、言ったところで、顔を豹変させた。
にやっとした笑みを漏らす。
「なんてな……油断したな!」
そう言うと同時に至近距離からの打ち下ろしのパンチ。
不意打ちである。
「あ、危ない! 拓海!」
間合いが無さすぎて一瞬で終わる。
夏樹は、拓海を庇おうと飛び付こうとした。
瞬間……。
ぐはっ、という叫び声とともに、巨漢の体は後ろへと飛ばされた。
何が起こったのか、夏樹は、一瞬の事で良く見えていなかった。
しかし、辺りに巻き起こった空気の渦でそれを察知した。
(ボ、ボティーブロー……ち、違う、ぜ、ゼロ距離からの正拳突き!?……幻の空手技だと!?)
それはまさしくゼロ距離の正拳突き。
免許皆伝の空手技である。
再び、拓海は巨漢の前に詰め寄った。
巨漢は、肋骨の数本はいっただろう脇腹の苦痛に耐えながら、懇願した。
「ま、待て! じょ、冗談だ……話せば分かる、な!」
「もういい。お前に用は無い。『双頭の蛇』はナビの情報さえあれば十分だ」
拓海は冷静に言った。
巨漢は、懇願を続ける。
「お、お前の勝ちだ……頼む、ゆ、許してくれ……」
拓海は、無感情な冷たい視線を巨漢に向けた。
一瞬、ちらっと夏樹の方を見た。そして静かに言った。
「無理だな……」
バコン!!!!
拓海の、容赦なのない強烈なかかと落としが巨漢の顔面にさく裂する。
一撃必殺の足技。
巨漢の顔面は割れ、体は不自然な方向に曲がり、その巨躯は地面に沈んだ。
その姿はさながら、破壊された蝋人形のように見えた……。
****
夏樹は、まだ信じらないという表情で宙を見つめていた。
(……お、オレは一体、何を見せられていたんだ……)
そんな夏樹の側に拓海は近づくと、ふわっと上着をかぶせた。
そして、手を差し出して言った。
「夏樹、すまない遅くなった……GPSを頼りに急いできたのだか……」
「え?」
夏樹は、ようやく拓海の差し出された手に気が付いた。
「よかった、元気そうだ」、と小首を傾げてにっこりと笑う拓海。
夏樹は、その笑顔を見た瞬間、今見た不思議な光景など一瞬で頭から消え去った。
「拓海!」
夏樹は、大声を上げて拓海に飛び付く。
そして、首に腕を回し、力の限りギュッと抱き着いた。
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