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(16) 椿 2 恋に焦がれて

さて、サロンでは騒ぎは収まったが、客達は帰り支度を始めた。 結局、穏便にとはいかなかった。 見せ物としては面白かったが、場を白けさせるのには十分だった。 (今夜の商談はこれで流れてしまう……) 椿は、唇を噛んだ。 拓海のフォローによって最悪の事態は避けられたが、元を正せば自分のミス。 ナイフの持ち込みを見逃し、そして見た目に騙され対処を誤り、あまつさえ人質にされてしまった。 (私の失態だ……) その時、拓海が近づき声を掛けてきた。 「椿さん、ダンスを一曲如何ですか?」 「えっ?」 「いいですよね?」 拓海は、魅力的にウインクをすると、椿の手を握り強引に引っ張った。 「ちょ、ちょっと……」 椿は、断る間もなくステージに連れていかれた。 **** 拓海のリードで二人は踊り出す。 ワルツのリズムに乗って流れるようなステップ。 つがいの鳥のように息の合った動き。 椿は驚いていた。 自分をこんなに心地よくリードしてくれる男がいるなんて。 椿自身、ダンスのコーチとして男の子達に教える身。 その椿が体を安心して預けられる技量を持ち合わせているのだ。 (いったい、どんな男なのだろう……拓海、あなたは) 触れ合う手から拓海の温かさが伝わる。 心なしか手が震える。 少年の頃に味わったようなうぶな感情。 (私とした事が、一体どうしてしまったのだ……) 拓海は戸惑う椿を気遣って笑顔で言った。 「椿さんとのダンス、とても気持ちいいです。ふふふ」 「えっ……そ、そんな事……拓海様のリードがとてもお上手ですので……」 「ははは。私なんてにわかです。それにしても、椿さんはお美しい……」 聞きなれているはずのお世辞。 しかし、拓海の低く甘い声、そして熱い視線を受けて、椿は柄にもなく、自分の顔が熱く火照るのが分かった。 ホールの客の目は、二人のダンスに釘付けとなっていた。 帰り支度をしていた客たちは、ステージに目を向けながら再びソファに座る。 男の子達も、拓海と椿の素晴らしいダンスに触発されて、ダンスを始めた。 和やかで、落ち着いた元の雰囲気にすっかり戻っていた。 **** 椿は、その空気を肌で感じながら拓海との甘いダンスに夢中になっていた。 拓海に引き寄せられては、離れ、そして抱きよせられては、また離れる。 くるくると回ったかと思うと、また腕の中。 なんて、心地がいいのだろう……。 椿の中の荒廃した心を、一時でも忘れさせ、そして洗い流してくれる。 (私は、やっぱり……) 椿は、拓海への想いが本物だと感じていた。 (この男が欲しい。そして、抱かれたい……) 素直にそう思っていた。 拓海のエスコートでステージを降りると、椿は名残惜しそうに拓海を見つめた。 拓海は椿の手の甲にキスをした。 「椿さん、ありがとうございました。あなたのような美しい人を踊れて光栄です」 「拓海様……こちらこそ」 椿は、感情が出ないように、逃げるように拓海から離れた。 **** 自分の執務室に戻った椿は、本日取り交わした契約の確認を始めた。 しかし、頭の中は拓海の事でいっぱいだった。 小首を傾げた優しい笑み、差し出された手のぬくもり、耳に心地よく響く甘い声、腰に触れられた大きい手の感触……。 それは、夢のようなひとときだった。 椿は、まったく仕事が手につかない自分に気が付いた。 無意識にモニターに映るサロンの様子を眺めてしまう。 そして、そこに映る拓海の姿を見つけては、胸をざわつかせるのだ。 椿は、すっかり火照った体を持て余していた。 下腹部が熱くなり、拓海を求める本能はやがて理性をも越える。 「……はぁ、はぁ……拓海様……貴方はどうしてそんなに私に優しく接してくれるのですか……」 うわ言のようにひとり呟く。 そして椿の手は、自分の望みを叶えようと一人歩きを始めた。 その手は、ドレスの裾をシュルシュルとたくし上げ、その中にスッと入る。 「ああ、そ、そんな所、い、いけません……拓海様」 ショーツの上に置かれた手は、そのままペニスを優しく撫で回す。 それは、竿を押し付けるにように、丁寧に丁寧に……。 (あの男なら、もっと激しくしてくれるかもしれない……そう、もっと情熱的に……) 椿は、一気にショーツを横にずらして、勃起したモノを握った。 そして、乱暴にしごき始める。 「あっ、ああ、ダメです……は、激し過ぎます……」 小さいながらも見事に勃起したペニス。 その先端からは、いやらしいおつゆが漏れ出し、椿の手をびちょびちょに濡らした。 「はぁ、はぁ、た、拓海様……拓海様」 濡れた手はそのままアナルへ。 既にヒクヒクしているその部分は、濡れた指を飲み込んでいく。 「うっ、うううっ……」 体が弓なりにピーンとしなった。 もう片方の手は乳首をまさぐり、先端をキュッ、キュツっとつまむ。 すると、椿の体は敏感に反応し、小刻みな痙攣を誘発した。 椿の脳裏には、拓海が耳元で囁く声が聞こえていた。 (椿さん、とても可愛いです……そして美しい……椿さん、好きです) 「はぁああんっ……い、いけないです……そ、そんな拓海様……私達は出会ったばかり……」 椿の指は、激しくアナルの中のとろとろになった部分をこねくり回す。 お尻の穴の入り口からは、くちゅ、くちゅ、とエッチな音を立てておつゆが滴り始めた。 「あ、そんな風に触っては……か、感じてしまいます……あっ、だめ」 椿の指の出し入れは更に激しさを増す。 顎が上がり、はぁあん、という湿った吐息と共に、口の際から涎が垂れた。 「こ、これ以上は……た、拓海様……はぁああんっ……いくっ……いくぅーっ」 ドクン……。 胸が激しく打ち、一瞬体が硬直した。 そして、一気に力が抜けていく。 椿は、デスクの上に突っ伏した。 絶頂後の火照った体を冷やしてくれる。 椿はその心地よさを感じながら、ポツリと呟いた。 「はぁ、はぁ……あの男のが欲しい……」 **** しばらくの間、イキの余韻に浸っていた椿だったが、ふと、壁にかかった『双頭の蛇』の紋章が目に留まった。 (あれはなんだ……ああ、そうか『双頭の蛇』か……) 椿は、ハッとして体を起こした。 そして、頭を抱えて呟いた。 「わ、私は、いったい何をしているのだ……」 椿は、徐々に冷静になっていく自分に気付いた。 そして、苦笑する。 「危うく、大事な事を忘れるところだった……」 椿は、ゆっくりと目をつぶった。 そこに映し出されたのは、自分の人生を決定づけた半生の姿だった。 **** その昔、椿は親に売られた。 父親は、博打に女、それに酒。 定職につかず、その日暮らしの生活。 母親は早々に家を出、残された椿は、父親の暴力に耐えながらも、なんとか生活をしていた。 しかしある日の事、椿は見知らぬ男達によって家から連れ出された。 多額の借金のかたにとられることになったのだ。 父親は、「お金が手に入ればきっと取り戻す」と約束したが、そもそもそんなつもりはない事は、椿にも分かっていた。 椿としても、父親の暴力の日々から抜け出せたのは救いとさえ思った。 しかし、その考えは甘かったと思い知る。 気付いていなかった。 地獄への階段を下り始めてしまった事に……。 最初に買われた先は、株で大当たりをした小金持。 ハゲでデブの男色家。 お手伝いという名目で、何人もの男の子をはべらせ夜な夜な性の宴に明け暮れる。 椿は、そこで変態仲間達に差し出され何人もの男に犯された。 椿は歯を食いしばり、同じ境遇の弟分たちの男の子と共に耐え続けた。 そして、半年もたたずにそんな日々は終わりを告げる。 その成り上がり者の運気は去り、あっという間に没落したのだ。 椿と弟達は、家財道具を売るかのように別の所有者のもとへと移った。 移った先は、男娼宿。 更なる地獄の始まりだった。 その日暮らしの品の悪い男達が群がり、欲望の限り椿達の体を貪る。 「ほら、客の指名だ! 行け、売子共! もたもたするな!」 監視役の叱責が飛ぶ。 弟分の男の子達は、椿に泣きついた。 「椿お兄ちゃん、僕もう嫌だよ……」 「耐えるんだ……いつかきっと……私が何とかしてやる……」 宛がある訳じゃない。 望みなど無い。 しかし、ただ、そう慰めるより他なかった。 「ちゃんとお客さんを悦ばしてこいよ! ごく潰しが!」 「……や、やめて! 痛い……うっ、うう……」 監視役の鞭から逃げ回る弟達。 そんな弟達も数か月も経つと、精神的に参って廃人となるか悪い病気をもらい体がボロボロになった。 そして、どこへともなく捨てられた。 ひとり、またひとり、と姿を消す弟達。 椿は、歯を食いしばって必死に耐えた。 客の精子がアナルからつーっと太ももに滴り落ちる度に、心を閉ざし感情を殺した。 「ほら、金だ。また、買ってやるからな。ひひひ」 「あ、ありがとうございました……」 投げ捨てられたお金を拾い集める椿……。 椿は、客が去った部屋にひとり佇んだ。 そして、ふとカーテンの隙間から窓の外を見つめた。 そこには、椿と同じ年頃の親子の姿が見えた。 笑いながら話をしている。 「ねぇ、お父さん、僕に犬を買ってよ」 「そうだな……自分で世話をするのならいいだろう」 「本当!? やった! お父さん、ありがとう!」 抱き付く父と息子。 「何をやっている椿! 次の客が待っているぞ。サボるな!」 監視薬からの叱責。 椿は、無言でその場を去った。 (私と彼の違いは何だ? どうして、私はこれ程までに不幸なのだ……) その地獄の日々は1年間続いた。 男娼宿は、ヤクザの抗争に巻き込まれ廃業した。 オーナーは夜逃げをし、椿はようやく性奴隷の身分から解放された。 それから椿は、ふらふらと歩き出した。 いなくなった弟達の思いも一身に背負い、自分に何ができるのかを考えながら……。 そして、椿が辿りついたのが、『双頭の蛇』だったのだ。 椿が放浪し知り得たのは、この社会は、可哀そうな子供達が必ず生まれる、という事だった。 親に売られる、放置される、見捨てられる、虐待を受ける。それは多岐にわたった。 そのような境遇の子らを救うには、誰かが手を差し伸べなくてはならない。 行政や慈善団体では限界があるのは周知の事実。 だから、椿は人身売買という地下組織を利用して強制的に実現しようと思い立ったのだ。 そのような子供達を集め、自ら教育を施し、そして、裕福な家へと送り出す。 そこで、愛情を持って迎え入れてもらえれば、たとえ性的な奉仕が必要になったとしても、今の境遇よりずっとましである。 少なくとも、自分が味わった地獄はそこにはない。 椿はそう考え、かつて自分が何もできなかった弟達への罪滅ぼしとして、『双頭の蛇』を立ち上げたのだ。 **** 椿は目を開いた。 (過去を思い起こせばよくわかる。自分は誰かに愛されるに値する人間ではない……この体は、無数の男達に犯され、隅から隅まで穢され汚れている) (そして、心とて同じ事。自分と同じ運命を背負った者達……私は彼らを救うためなら何でもする。どんなに人道から外れたとしても……その思いで、この手を悪事に染めてきた) (だから、私は身も心もどす黒く汚れ切っているのだ……) 椿は、自分の両手を見つめて、自分が歩んできた道のりを改めて思い返した。 「私にとって『双頭の蛇』がすべて……ふふふ、どうかしていた。私に『恋』などというものは必要ないものだったな……ふふふ」 その顔は、いつものクールな椿の顔に戻っていた。 トントン……。 その時、部屋の扉のノックの音がした。 「入れ……」 「失礼します……支配人」 部屋に入って来た黒スーツは、椿の耳元で囁いた。 「支配人、あの拓海という男ですが、IDを調べた結果、ダミーコードでした。おそらく、我々を探りに来たネズミかと……」 椿は、目を見開く。 「なに!?」 一か月ほど前から警察の動きと連動して組織を嗅ぎまわる者がいる事は分かっていた。 そして、いずれここ『市場』にも現れる事を警戒して幾つかの罠を張っていたのだ。 その罠の一つにかかった。という事になる。 椿は複雑な顔で考え事をしていたが、やがて、冷酷な顔つきで言った。 「そっか……ネズミが罠に掛かったか……ふふふ、それは残念だったな……拓海」 しかし、椿は嬉しそうに微笑んでいた。

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