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(18) 拓海 1 更なる真相へ
拓海は、非常階段に続くドアのノブに手をかけた。
ガチャガチャ……。
「くそっ……ここもダメか」
拓海は、出口を探していた。
フロアは見渡す限りゲストルームと思われる部屋で埋め尽くされている。
まるでホテル。
「いたぞ!」
何者かの声。
それとともに銃声が鳴る。
バン!
拓海の反応は早い。
すぐに銃声がする方へと走り出した。
その先では黒服の男が銃を構えている。
バン! バン!
再度の銃声。
拓海の頬を銃弾がかすめた。
「くそっ、何故当たらない!」
至近距離。
拓海は、体を翻してすんでのところで銃弾を避けた。
「な、なに!?」
拓海の残像が見えた、ような気がした。
黒服は、拓海目掛けて銃を振り回すが後の祭り。
拓海のふりかぶった腕が黒服の顔面に炸裂した。
バキッ!
その体は吹き飛ばれ壁に激突。
一発で気を失う。
拓海は、倒れた黒服を見下ろして呟いた。
「ふう、これではキリが無い……早く脱出しなくては……」
****
数分前の事。
そのフロアの一室に拓海はいた。
椿は、支度を終えた拓海に声をかけた。
「拓海、気を付けて行ってくれ……おそらく、シンジケートの手の者はお前を簡単には逃がしてくれないだろう」
「椿、それはどういうことだ?」
「『双頭の蛇』はシンジケートの一組織でしかないってことだ……」
話の内容はこうだった。
『双頭の蛇』は男の子を扱う人身売買組織。
しかし、その他にも多くの闇の組織があり、それを取り仕切るのがシンジケート「ローズ・インダストリー」。
この拠点も、ローズ・インダストリーの息が掛かった大手企業の施設の一部となっている。
「……と、いう訳だ。残念だが、『双頭の蛇』が解散しても、シンジケートの現状は変わらない……」
拓海は、肩をすくめた。
「それは問題ない。そこからは警察の仕事だ」
椿は、拓海の言葉に意外そうな顔をした。
「なんだ、拓海。お前、その言い草だと、やっぱり警察ではないのだな?」
「ははは、俺は警察だなんて一言も言ってないぞ? もちろん貴族や軍人でもない。俺は俺だからな」
「ふふふ。そうだったな。拓海、お前はお前だ……」
椿は、笑いながらうなづいた。
「気を付けてな、拓海」
「ああ、また会おう、椿」
拓海は、椿のアゴを持ち上げるとそのまま唇を合わせた。
それから、拓海は部屋を飛び出したのはいいが、思うように出口に辿り付けず、ついにはシンジケートの黒服達に追われる所となった。
非常階段がダメなら後はエレベーターしかない。
そう思った拓海はエレベーターホールに向かった。
****
エレベーターホールが目前に近づいた。
拓海は、影に隠れて様子を伺う。
予想通り見張りの姿があった。
(三人か……?)
拓海は一気に飛び出した。
「いたぞ!」
黒服達は叫ぶ。
拓海は、体を低く構えた。
まず一人目。
銃を構えた手に蹴りを入れて無効化。
そのまま懐に入って、膝蹴りでアゴを砕く。
二人目が間髪入れずに襲いかかって来る。
拓海は、太ももを狙った脚技で相手の動きを封じると、そのまま正拳突き。
後ろから襲いかかって来た三人目。
拓海は、気配だけで位置を察知し宙返りで男の裏へと回り込む。
そして、後ろから腕を回して絞め落とした。
「はぁ、はぁ……」
これまでに何人の黒服を倒したのだろう。
さすがの拓海も少し呼吸が乱れた。
拓海は、ボタンを押してエレベーターを呼んだ。
しかし、エレベーターがやって来る気配がない。
そんな拓海の後ろから声が聞こえた。
「残念だったな……エレベーターは来ないぞ」
「……罠だったか」
拓海は、振り向きその男の姿を捉えた。
日本刀を鞘に入れたまま片手に持ち、静かに歩いて来る。
初老の剣術家である。
拓海は一瞬で、この男は出来る、と判断した。
「なかなかの獲物。腕がなるわい……」
余裕の態度。
男は拓海の間合いギリギリで立ち止まった。
居合いの構え。
拓海は、空手の構えを取った。
空気の流れが止まった……。
と、その瞬間。
初老の剣が鞘から抜かれ、空を切った。
シュン……。
一瞬の斬撃。
拓海の片腕が宙に吹き飛んだ。
静寂が辺りを包む。
「ば、化け物か……」
初老の男はそう呟くとバタリと倒れた。
腕だと思ったものは、日本刀の剣先。
それが、天井に突き刺さっていた。
拓海は、刀が振り下ろされる一瞬を見極め、平手打ちで刀の身を折ったのだ。
そして、その返す拳が初老の男の溝打ちを打ち砕いた。
秘伝、武士殺しの忍びの技……。
拓海は、ふうっ、と大きく息を吹き出すと何事も無かったように再び廊下を走り出した。
****
さて、いよいよ回れる所は無くなって来た。
反対側も隈なく回り、拓海は肩を落とした。
「くそっ、ここも袋小路か……」
しかし、拓海は、突き当たりの部屋の扉が微かに開いている事に気が付いた。
拓海は、早速、その部屋の様子を伺った。
暗くてよく見えない。
と、そこへ後ろから複数人足音が耳に入った。
拓海は、急ぎその部屋に入るとそっと扉の鍵を締めた。
****
拓海は、警戒しながらゆっくり部屋の奥へと入っていく。
突然、甲高い声が聞こえて来た。
「ようこそ、拓海さん」
「誰だ! 誰かいるのか!」
拓海は目を凝らす。
薄っすらだが姿が見えた。
拓海は、その人物を見て声を上げた。
「子供!? 何故、こんなところに……」
その人物は、声変わり前の可愛らしい少年だった。
真っ白なスーツに青いスカーフ。
金髪のサラサラ髪で、真っ白な肌。
その男の子は、流暢な日本語で言った。
「やだなぁ、拓海さん。男の子だなんて。僕の中身は大人かもしれませんよ? うふふ」
その子は、笑いながら拓海の目を見つめた。
吸血鬼のような真っ赤な瞳。
「な!」
拓海は、短い声を上げた。
その子の瞳を見た瞬間、体が麻痺してしまったのだ。
「か、体が動かん……なぜだ……」
首から下が自分ではないような感覚。
拓海は、はっとして男の子に言った。
「さ、催眠術か」
「あったり! さすがですね、拓海さん」
拓海は以前に聞いた事があった。
目を通して直接脳に信号を送り、体の自由を奪う技術。
それが男の子のコンタクトレンズに仕込まれていたのだ。
「ま、まさか、実用化されていたとは……」
「ふふふ、油断しましたね? 僕が可愛いすぎて。うふっ」
その子は、媚びるような目つきで拓海に近づいてきた。
拓海は、問い正す。
「お前みたいな男の子が、何故こんな物を……、いったい何者だ?」
「何者だ、ですって? まさか、拓海さんの口からそのセリフを聞く事になるなんて」
「な、何を……」
椿とのやり取りをまるで見ていたかのような言いように、拓海は少なからず動揺した。
「まぁ、いいでしょう。僕の名前は、アーティ・ウッド。ローズ・インダストリーでビジネス顧問をしています」
男の子は、気取った話し方で自己紹介をした。
すっと、優雅にお辞儀をする。
「そうですね……拓海さんは、特別に僕の事を『アーティ』と呼び捨てにするのを許可しましょう。うふふ」
アーティの喋り方は、たしかに大人びている。
背伸びをしていたとしても、とても少年には見えない。
拓海は、すこし面食らいながら、アーティに問いかけた。
「……で、そのアーティはここで何をしているんだ?」
「それはもちろん、拓海さんを捕らえるため……なんていうのは冗談ですが……僕もそろそろ潮時かと思いまして。椿さんもここをたたむようですし」
椿の名前が出たことで、拓海は警戒レベルを引き上げた。
この子の喋りは相手を惑わす。
そして、いつの間にか飲まれてしまうのだ。
拓海は、この子は危険だ、と自分に言い聞かせた。
そもそも最初から自分の事を知っていた、という点も何か企みを持っているのは明らか。
拓海は、拒絶するように怒鳴りながら言った。
「一体何を言っているのか分からないが……この拘束を解け、アーティ!」
「えー! せっかく出会えたんですよ! もっと、おしゃべりしましょうよ!」
アーティは、すっと拓海に近づいた。
そして、間近に迫ると、思いっきり背伸びをして拓海の顔を覗き込んだ。
「なるほど、なるほど。近くで見ると思っていた以上にハンサムですね。でも、まさか、あの椿さんが懐柔させられるなんて……まぁ、椿さんも生まれながらのビッチだっていうことでしょうか? うふふ」
拓海は、アーティの言葉に逆上して叫んだ。
「ビッチだと! 椿に対するそのような侮辱、子供だからって許さないぞ!」
「あははは、やだなぁ、もう拓海さん。僕は誉め言葉を言ったつもりですよ。何を隠そう、僕もビッチです」
アーティはそう言うと、すっと拓海の股間に手をやった。
そして、そのままギュッ、ギュッと揉みしだく。
「へぇ、勃起していないのにこんなにおっきいんだ。いいなぁ、いいなぁ、椿さんはこれの味をしっかり味わったんですよね。僕にも味合わせて欲しいです。ねぇ、拓海さん? うふふふ」
拓海は、冷静な低い声で言った。
「……お前が椿をそそのかしたのか?」
「あれ? わかります? っていうか、そそのかしたって言い方、僕は嫌いです。僕は手伝ってあげたんですよ。人、物、金。そういった物を準備してあげました。だから、人助けです。えっへん!」
アーティは、得意気に胸を突きだした。
拓海は、そんなアーティを睨みながら言った。
「貴様……俺は許さない……人の弱みに付け込むなど」
「怖い顔しないでくださいよ、拓海さん……でも、そんな顔もカッコよくてドキドキします」
アーティは、再び背伸びをすると、拓海の唇に自分の唇を重ねた。
そしてそのまま、舌を挿し込み無理矢理デープキスをする。
拓海は、抵抗を試みるがそれは叶わず、アーティにされるがままでいた。
「プハッ、美味しい!」
アーティは、熱い吐息を漏らした。
そして、湿った唇を手の甲で拭った。
拓海にとっては、屈辱的なキス。
アーティはそんな拓海に構わずに質問した。
「ところで、拓海さんっておひとりなんですね?」
「どういう意味だ?」
「ほら、普通、捜査ってペアでするじゃないですか? でも、拓海さんはおひとり。だから、もしかして拓海さんってお友達いないのかなって思って……」
「な、何を……」
拓海は口ごもった。
アーティはにやにやしながら続ける。
「あれ? 動揺しました? うふふ。やだなぁ、僕はただ、拓海さんってあまりにも型破りな人だから心配で。ほら、天才は孤独って言うでしょ?」
「……ふっ、それなら心配無用だ。俺はお前が言うような特別な人間ではない。俺はただの男だ」
「もう拓海さんったら。謙遜もほどほどにしないと嫌味になりますよ! 僕は分かるんです。拓海さんの事は何でも。つまり天才は天才を知る、ってやつです。うわぁ、運命を感じちゃいますね!」
「……お前が天才だと?」
拓海は嫌味を言ったつもりだが、アーティは構わずに答えた。
「それはそうですよ。だって、こんな風に拓海さんを出し抜いたじゃないですか? 今まで僕みたいな男に会ったことあります? いないでしょ? だから、僕が、拓海さんのパートナーに相応しいんです! 超お似合いのカップルです! あはっ、いっちゃった!」
「断る!」
アーティはぷくっと頬を膨らませて言った。
「えー、どうしてですか! 僕って結構魅力的ですよね? あれ? もしかして、拓海さんって金髪男の子はダメですか?」
媚びる目つきで拓海を誘惑する。
反応がない拓海に、アーティはため息混じりに言った。
「まぁ、いいでしょう……残念ですが、そろそろ時間です。楽しい時間をありがとうございました、拓海さん」
アーティは、懐から何かを取り出した。
それは、サイレンサー付きの小型銃。
アーティは拓海にフレンチキスをしながら、その銃を撃った。
パスン!
「うぐっ……」
拓海は呻き声を漏らす。
拓海の太ももから血が滲みだしてきた。
「当たった! すごーい! 拓海さんにも弾丸は当たるんだ! 愛の力ですね! 拓海さん、この痛みを思い出す度に僕の事を思い出して下さいね!」
アーティは手に持っていた銃を放り投げると、再び丁寧なお辞儀をした。
「では、僕はこれで失礼します。また会いましょう!」
その時、バタバタという風切り音と共に、眩しい光りが窓を照らした。
アーティは窓に向かって走りだす。
そして、バルコニーに飛び出し、指を鳴らした。
パチン!
その音と共に、拓海はすっと体の硬直が解ける感覚を得た。
すぐに、銃で撃たれた脚に激痛が走る。
しかし、それに構っていられない。
拓海は痛みを我慢してをアーティを追った。
「ま、まて! アーティ!」
バタバタバタ……。
拓海の目には、空中でヘリコプターに乗り込むアーティの姿が映った。
アーティは、拓海に手を振って余裕の表情を向ける。
「く、くそっ!」
ヘリコプターが遠ざかる音が聞こえる中で、拓海は歯ぎしりをしたまま、バルコニーの手すりを強く握っていた。
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