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愛する想いを聖夜に込めて――2
☆ ⌒Y⌒Y⌒Y⌒
「なんやて? 12月24日、直帰するんは決定なのか?」
さきほどまでわりと穏やかな顔で、パソコンを見ていた荒木田の表情が、一気に般若顔へと変化した。
質問するというより𠮟責に近い声を聞き、同じフロアで仕事をこなしている同僚から、憐れむ視線が榊の背中に集中する。場を乱していることに申しわけなさを感じて、振り返りながら小さく会釈した。
「なに、周りに気ぃ遣っとるんや。その原因を作った張本人のくせにな!」
「すみません。先月荒木田さんのお得意様の接待に急きょ行くことになったので、事前にお知らせしておこうと思いまして」
「あれはしゃーないやろ。小田原様の予定に合わせたんだから」
「実はあの日、増澤様との打ち合わせがあったんです」
増澤様とは榊の一番のお得意様であり、今回社内の褒美をいただくきっかけになった、大切なお客様のひとりだった。だからこそ会社にとっても、上客に位置する。
「なんでそれを、今このタイミングで言うんや。あのとき言えばよかったやろ!」
「ですが荒木田さんは、耳を貸してくださらなかったので……」
「なっ! 俺のせいなんか?」
顔を真っ赤にして怒った上司から視線を逸らさずに、背筋を伸ばして改めて姿勢を正す。
「いいえ。はっきり言わなかった、私が悪かったです」
榊は一つ一つ区切るようにアクセントを置いて喋り、自らの非を認めつつ、荒木田の機嫌を窺った。
「そんで直帰する理由が、増澤様に関係があるっちゅうんか」
「さすがは荒木田さん。話が早いです」
「無駄に持ち上げても、俺の機嫌は直らんで」
手にしたボールペンをメモ帳の上で連打し、苛立ちを表す。榊は直立不動のまま口を引き結び、黙りを決めこんだ。
「榊、おまえの魂胆はお見通しなんや。俺を見くびるな」
「なんのことでしょうか?」
「会社から貰った褒美や。あれ、イブの日に設定されとるやろ?」
(なんだこの人、褒美の中身について知っていたのか――)
「はい……」
「わざとその日に残業入れて、榊がレストランに行ってないことが上層部にバレたら、俺の評価が下がるのは目に見えとる。そないなバカなことはせぇへん」
吐き捨てるように告げられたセリフの返答に困り、微妙な表情を浮かべてやり過ごすと、目の前にある顔がしごくつまらなそうなものになった。
「榊がレストランに行く相手、増澤様なのかパートナーなのか、はたまた愛人なのかは知らんけど、こないな根回しせんで、堂々と行ってきたらええ」
荒木田は、メモ帳を突っついていたボールペンをデスクに放り投げるように置き、榊から顔を逸らして、ふたたびパソコンと向き合う。
「ありがとうございます」
愛人なんかいないよバーカと、心の中で舌を出して深いお辞儀をしたら、オールバックの前髪が一筋だけ崩れておでこを覆った。心の乱れを表すそれを素早く直しながら頭を上げると、パソコンとにらめっこした荒木田が、フロア全体に響く大声で叱咤する。
「年末年始で休暇が長引くぶんだけ、1月は馬車馬のように働いてもらうで! 俺の足を引っ張るような仕事をするヤツは、覚悟しておくんやな!」
毎度のごとくパワハラを炸裂させる上司に、タイミングを見て反抗していた榊だったが、今回ばかりはイブまで大人しく仕事をこなしたのだった。
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