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愛する想いを聖夜に込めて――10

 榊が顎に手を当てながら、スマホを眺めて数分の間は邪魔しないように、和臣はだんまりを決めこむ。幼なじみ兼パートナーの榊の顔は見慣れているのに、食い入る感じでじーっと見入ってしまうのは、いろんな表情をする恋人の顔を、どの瞬間も逃さないためだった。  現在進行形で見つめている顔は、持ち帰った仕事を自宅でしている最中によく見られるものなれど、その中に少しだけ混じっている楽しそうな雰囲気――『これからやってやるぞ』という気合いが唇の端に表れていて、次第に榊の口角が上がっていった。 「久しぶりに弾くから、たくさん間違えるかもしれない。それでもいいのか?」 「いいよ。僕は恭ちゃんの演奏が聞けるだけで、すごく嬉しいから」  応援するよというのを示すように、両手を握りしめながらにっこり微笑む和臣の脇を通って、榊はピアノに近づく。そのままピアノを演奏している従業員に話しかけると思いきや、後退りしてすぐさま和臣の横に戻って、耳元に顔を寄せた。 「和臣、あのさ」 「どうしたの、恭ちゃん?」 「俺に難易度の高いおねだりした分だけ、今夜はサービスしてもらうからな」  言うなり耳の縁にキスをした。 「ひぃっ!」 「覚悟しておけよな!」  意地悪く笑った榊の目が艶っぽく光ったことで、なんのサービスなのかを、すぐに理解した和臣は静かに立ち上がり、ピアノを弾くことを頼む恋人の背後で、顔を真っ赤にしながら躰を小さくして、同じように頭を下げた。 「さてと。一応、指慣らしをしてから弾いておくか。暗譜している曲で、雰囲気が近いものは……」  すんなりとお願いを聞いてくれた従業員に、榊はきちんとお礼を言って椅子に腰かけてから、手首と両手指をよく動かす。 「恭ちゃん、頑張って!」 「ああ。とりあえず、さらっと流してみる」  和臣を見ずに鍵盤だけを見つめた榊は、吐く息とともに素早く両手を動かして、ピアノを演奏する。しばらく弾いていなかったとは思えない指先から奏でられるそのメロディを聞き、和臣は満面の笑みを浮かべた。 「これって子犬のワルツだ。僕の好きな曲!」 「俺も好き。小さい頃和臣と一緒に、仲良く遊んだことを思い出せるから」  榊は小さく笑って理由を告げた途端に、ふっと弾くのをやめる。 「もう終わり?」 「これは指慣らし用の曲。メインは違うだろ」  膝に両手を置き、窓辺に視線を移す榊につられて、和臣もそこを見た。すると橋本と宮本が驚いた表情で、自分たちを見つめていることに気がつく。榊の演奏に興味津々のふたりに、和臣は右手でピースサインをしてみせた。

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