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愛する想いを聖夜に込めて――11
(恭ちゃんの奏でる曲を聞いて宮本さん、うまく指輪を渡すことができるかな)
和臣がふたりに釘付けになってる間に、榊はグランドピアノに向かい合い、鍵盤の両端を使って演奏をはじめる。メロディーラインの合間にも高音から低音を一気に奏でるその感じは、まるで――。
「宮本さんの運転みたい。タイヤの音を鳴らしながら、峠のカーブを走行しているときの様子にそっくりだ」
驚きながらぽつりと呟いたら、榊は鍵盤から和臣に一瞬だけ視線を移す。
「四人でデートしたあとに、和臣が宮本さんの運転について、こと細かに教えてくれたろ。それをイメージして、アレンジに取り入れてみた」
嬉しそうに笑って、滑らかに指を動かしながら演奏する。サビの部分にいたっては、力強く坂道をのぼるキビキビとした車の動きを表現しているように思えた。
「恭ちゃん、すごく楽しそうにピアノを弾くんだな」
橋本たちから視線を外し、榊を見ようとしてはじめて気がついた。グランドピアノの周りを取り囲むように聴衆ができていて、演奏に聞き入っていることを。
(まるで、ストリートピアノのライブみたいな感じ。大会でクラシックを弾いてたときと違うのは、恭ちゃんが笑いながら、とっても楽しそうにしていることか)
そうは思いつつも、複雑な心境にすぐに陥った。カップルで並んでいるというのに、女性客がうっとりした顔で「素敵……」と呟いて、榊を見つめていたのである。
いつもはオールバックで整えている前髪をおろしているため、弾む指先に連動して榊が動くと、前髪もふわっと舞い上がり、容姿端麗さに彩りを与えた。しかもスリーピーススーツをそつなく着こなしていることも相まって、余計に人目を惹いていた。その様子があまりにも格好いいため、和臣のみならず、他の客も榊に釘付けになっていたのである。
「恭ちゃんと結婚していて、よかったって思う瞬間だな……」
こうして他人から意味深なまなざしを飛ばされるパートナーに、戸籍上のことなれど自分に縛りつけておくことができて、心底よかったと思わずにはいられなかった。ただ一抹の不安――榊の心まで縛りつけていられないのは、和臣としてはどうしても不安材料になった。
凡人ゆえに、榊を惹かれさせることができないため、どうすればいいのか、ときどき悩んでしまう。
出だしと同じメロディで情熱的にピアノを奏であげた榊は、脱力するように両腕をぶらつかせて演奏を終えるとそれを合図に、あちこちから拍手がなされた。
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