35 / 56

愛する想いを聖夜に込めて――12

「あのぅ、プロのかたなんですか? 素敵な演奏でした」  グランドピアノを取り囲んでいた女性客のひとりが榊の傍に駆け寄り、熱心に話しかける。それを見た他の客も、わらわら集まってきた。 「いえ……、私はプロではなく、ただの素人です。フロアにいる友人のために弾いただけでして、すみません」  椅子から立ち上がるやいなや、逃げるように歩きだし、和臣の利き手を掴む。 「恭ちゃん?」 「悪いがここから離脱しないと、めんどくさいことになると思う。帰るぞ」  自身の危機を感じたのか、和臣を引きずる勢いでフロアの出口からエレベーターホールまで足早に歩く。引きずられながらも、和臣は窓辺に視線を飛ばした。そこには元気よく手を振る橋本と、ピースサインを作りながら満面の笑みを浮かべた宮本がいて、指輪をうまく渡せたことがすぐにわかった。 「恭ちゃん、素敵な演奏どうもありがとう。宮本さん、橋本さんに指輪を渡せたみたいだよ」 「そうか、うまく渡せたのか。よかった……」  榊はエレベーターを呼ぶためにボタンを押して、和臣に振り返る。 「恭ちゃん?」  どこか不安げな顔をしているのを目の当たりにしたため、そっと名前を呼んだ。 「和臣、抱きしめてもいい? エレベーターが来るまで」  OKしていないのに、縋るように抱きつく。その躰は、小刻みに震えていた。 「ちょっ、どうしたの?」 「たくさん間違えたし、音も外しまくりだった。だけど一生懸命弾かなきゃって。大好きな和臣に頼まれたことだから」 「えっ、そんなにプレッシャーを感じながら弾いていたの? 楽しそうに弾いてるようにしか見えなかったし、間違いも全然わからなかったよ」  榊の大きな背中をぽんぽんしながら和臣が言うと、耳元で安堵の溜息を零した。 「音楽を聞く耳に覚えがあれば、間違いくらいすぐにわかるって。実際、久しぶりに弾いて楽しかったのもあったけど。いつの間にか、人が集まってきたのは驚いた」  小さく笑った感じが伝わったと同時に、ポーンというエレベーターの到着音が軽やかに鳴った。

ともだちにシェアしよう!