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愛する想いを聖夜に込めて――14

「和臣にそんなふうに褒められたら、またピアノを続けたくなったかも」 「お客様は、ピアノを辞めていたのですか?」  会計を済ませながら和臣に話しかけた榊に、おつりを用意しつつ、従業員が訊ねてきた。驚いて自分を見つめる様子を目の当たりにして、喋りにくそうに答える。 「あ、その……、中学卒業と同時に辞めました」  詳しい理由を伏せて答えた、榊を見上げた和臣は、大きな瞳を何度か瞬きしてから口を開く。 「そういえばどうして辞めたのか聞いても、恭ちゃん教えてくれなかったよね。悲しそうな顔をしてたから、あえて深追いしなかったけど」 「ずっと続けていたのを辞めるのって、なんか格好悪い感じがして」 「お客様にとって、辞めなければならない事情が、きっとあったのでしょう。ちょうど進学時期と重なりますしね」  釣銭を受け取って財布に入れていると、従業員が事情を察してくれた言葉をさりげなく述べてくれた。そのお蔭で封印していた思い出が、榊の中からじわりと染み出てくる。 「本当はずっと、続けていたかったんです。でも……」  瞳を揺らしながら呟いた榊に、和臣は利き手を優しく握りしめた。 「恭ちゃん……」  いつもはあたたかい榊の指先が冷たくなっていて、温めずにはいられない。 「習っていた先生に言われたことが、ずっと引っかかってしまって。『君の弾くピアノには、感情がない』とたった一回だけだったんですが、ピアノを弾けば弾くほど、自分の中にある情熱が失せていったんです」  沈んだ声で理由を告げた榊の言葉に、従業員は何度も頷いた。 「信頼していた方に言われたら1度とはいえ、深く傷つくものですよ。それこそ好きな人から言われる『嫌い』という言葉と同じです」  しゅんとしながら言われたことに榊と和臣はハッとして、互いの顔を見合わせた。心当たりがあるセリフに反応して、同意を示すように見合ったのだが――。 「あ、失礼いたしました。僕の個人的な意見で、おふたりを困らせてしまいましたね」 「大丈夫です。ピアノを弾く者同士として、貴重なご意見をうかがうことができて、俺は嬉しかったです」 「そうそう! 僕なんて恭ちゃんに嫌いなんて言われちゃったら、大好きなデザートが喉を通らないと思うよ」 「俺なんて、和臣に言われたら即死だぞ! 臣たんの嫌いは、破壊力ありくりだからな」 「恭ちゃん、僕よりも説得力ないと思う」  ふたりのやり取りに、従業員は小さな笑みを浮かべながら、ぽつりと零す。 「僕がこのお店でピアノを弾くのが嫌だと、恋人に言われちゃいましてね……」  暗い雰囲気を払拭しようとしていたふたりだったが、内容が難しそうな言葉を聞いて、唇を引き結んだ。

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