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愛する想いを聖夜に込めて――15

「どんなところでも音を奏でるときは、恋人にプレゼントする気持ちで弾いていたのですが、それすらも嫌だと言われました」 「僕、なんとなくわかります。恋人さんの気持ち……」 「和臣?」  隣にいる和臣を見下ろした榊のまなざしは、意外なものを見る目になった。 「想いは見えないものだから、どんなに気持ちを込めても、相手にはまったく伝わらないんです。それだけじゃなく――」  自分の中にあるものを吐き出すことに、ちょっとだけ照れた和臣は、俯きながら言の葉を紡ぐ。 「ピアノを弾いていた、さっきの恭ちゃん。思ってた以上に格好よくて、誰にも見せたくなかった」 「確かに、さきほどのピアノを奏でるお客様の姿は、素敵だったと思います」  俯きながらも横目で榊を見つめる和臣と、従業員に褒められた榊は、ぶわっと頬を赤く染めあげた。 「あ、ありがとうございます……」 「あの、喧嘩してるんですか?」  思いきって訊ねた和臣に、従業員は小首を傾げながら答える。 「喧嘩というか、そうですね。いつものやり取りの、延長戦みたいな感じです。僕としても生活がかかっているので、ここでピアノを弾きながら、働かざるをえないですし……」 「だったらなおさら、きちんと話し合いをしなきゃ拗れちゃいますよ」  自分の経験を踏まえてアドバイスすると、榊も同調して話しかける。 「和臣とは幼なじみとして一緒に過ごしていたんですが、仲がいいだけ、いろんな喧嘩をしました。それこそくだらないものから、深刻なものまで」 「そうそう! だけどくだらないもののほうが、妙に喧嘩が長引いたよね」 「くだらない喧嘩、ですか?」  ふたりの言葉に疑問を感じたのか、従業員が不思議そうな表情を浮かべる。 「貴方がこうしてイブに仕事をしていることを、恋人さんはどう思っているでしょうか?」  榊の問いかけに、従業員の瞳がみるみるうちに見開かれた。最初よりも低い声での問いかけだったせいか、心に響くものを感じたんだろうと和臣は思った。それに続かなければと、従業員の顔をしっかり見上げながら口を開く。 「今日逢う約束、していますか?」  訊ねた途端に、従業員は力なく首を横に振った。

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