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愛する想いを聖夜に込めて――16

「お互い接客業をしているので、クリスマスや年末は稼ぎ時ですから」 「それでも逢わなくちゃ。だって好きなんでしょ?」 「和臣、落ち着けって」  両手に拳を作り、興奮した様子で語りかける和臣を見て、榊は苦笑いしながら止めに入った。 「僕は好きですけど、恋人はどう思っているのかわかりません。でも僕はこのお店でピアノを弾いて、稼がなければならないんです」 「さきほど、生活のためと仰ってましたが……」  深い理由を知りたくなった榊は、戸惑いながらも訊ねてみた。すると従業員は顎に手を当てながら、ぽつりぽつりと静かに語っていく。 「恋人はバーを経営しているんですが、お店を開くために借金をしているんです。金額を知ったのは、付き合って1年くらい経ってからでした。ちょうどここのレストランにスカウトされる、ちょっと前のことです」 「スカウトされるなんて、すごいことですね」  弾んだ声で告げた和臣に、従業員はやるせなさそうな表情を浮かべた。 「バーは大繁盛までいきませんが、それなりにいつも席が埋まっていたし、僕のピアノを聞きにお客さんが足繫く通ってくれたので、借金をうまく返済できていると思っていたんです。返済を催促する手紙を見るまで、信じられませんでした」 「繁盛しているバーの経営……。資金繰りがうまくいっていないということで考えられるのは、高利貸しにお金を借りてしまったか、一等地に店を構えた関係で、大きな借金を抱えてしまったかですね」  榊がありえそうなことをピックアップしてみたら、目の前にある顔が驚いたものになった。 「催促をしていた手紙の会社は高利貸しではなく、銀行からでした。バーは繁華街の中にある時点で、一等地と言っていいのでしょうか」 「不動産屋ではないので、詳しくはないのですが、たぶんその立地でしたら、それなりの価格はしそうですよね」 「恭ちゃん……」  袖を引っ張りながら和臣が話しかけると、鳶色の瞳を困惑した感じで細める。 「なんとかできないのかと言いたそうだけど、こればっかりは無理だ」  弱り切った榊の表情を見ていたが、和臣としては何かできないことがないか、頭の中をフル回転で働かせてみた。 「たとえば売れそうな株を、買ってもらえばいいんじゃない?」 「いいアイディアだが、そういうのはしちゃダメって、法律で禁止されているから。すみません、内輪で盛りがってしまって」 「あ、そんな謝らないでください。今はここで働いている分、それなりに稼ぎがあるので。スカウトしてくれたオーナーがとてもいい方で、今では昼間しているピアノ講師の仕事のほうが、バイトみたいな感じになっているんです」

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