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リップクリームチャレンジ

 テーブルの上に横一列に並んで置かれた5本のリップクリームに、自然と榊の目が釘付けになった。すぐ傍で佇む和臣は意味深なまなざしで、榊の顔を見上げる。  いつものように証券会社のハードワークが終わり、橋本の運転する黒塗りのハイヤーで自宅マンションに帰った。週末の休みを和臣とどうやって過ごそうかといろいろ考えを巡らしながら、ルンルン気分でシャワーを浴びた。その後ピンク色のバスローブを身に纏い、濡れた髪を拭って、リビングに戻ったとき。 「恭ちゃん、ちょっといい?」  弾んだ声に導かれて榊が和臣の傍に近寄ると、すでに5本のリップクリームがテーブルにセッティングされていたのである。 「和臣、どうしたんだこれ? こんなに集めて、なにかする気だろ?」  幼なじみ兼恋人の輝いた大きな瞳とワクワクしている表情で、瞬時に勃発したイベントを嗅ぎとり、わざとらしく渋い面持ちを作り込んだ榊。心情的には和臣と同じようにワクワクしたかったものの、喜んで飛びつくのもつまらないと、あえて表情を曇らせた。 「そんなふうに、嫌そうな顔をしないでほしいな。恭ちゃんが喜ぶことだから」 「ほんとかよ。こういう小物をそれなりに用意する時点で、なにかの罰ゲームが決定って感じがする」 「罰ゲームじゃないよ。僕の唇に塗ったリップクリームの種類を当てるだけの、簡単なゲームだから」 (簡単だからこそ、嫌な予感がするっていうのにな――)  ソファに腰かけながら、目の前に用意されたリップクリームに榊が手を伸ばそうとしたら、和臣にその手をバシッと叩かれる。 「恭ちゃん触っちゃダメ。初見で当ててもらわなきゃ」  しかも容赦のない叩き方だったので、榊の手の甲がほんのりと赤くなった。痛む部分を擦りながら、上目遣いで和臣に問いかける。 「どんなものがあるのか全然わからないのに、どうしてこうも難易度をあげるんだ?」 「だってそれは……ねぇ。頑張って当ててほしいからだよ」  視線を右往左往させて答える和臣に、榊はふたたび表情を硬くした。 (――臣たんの考えていることが、さっぱりわからない。なにを企んでいるのやら) 「僕の唇にしっかり塗りたくるから、キスしてなにか当ててね」 「せめてヒントをくれないと、似たようなのは絶対に当てることができないって。和臣お願い!」  榊が両手を合わせてお願いしても、ガンコな和臣は首を縦に振らなかった。しかも両手を腰に当てた仁王立ちをしている時点で、榊のお願いをまったく聞く気がないのは明白だった。 「か~ず~お~み~、このとおり! ちょっとでいいから、ヒントをくれよ」  自分の傍らに佇む和臣の手を無理やり引き寄せ、ソファに座る榊の膝の上にのせてから、シャープな頬にキスして頼み込む。最後のお願いと言わんばかりに顔を近づけて、微笑みながらウインクするのも忘れない。 「恭ちゃん卑怯だよ、顔面凶器を使うなんてさ。そういうことして、お客さんに株を買ってもらってるんじゃないよね?」 「顔面凶器なんて、そんな破壊力はないぞ?」 「わかってないな。ピンク色のバスローブを着て、色香を漂わせながら迫られたら、お願いごとを全部聞いちゃうよ……」  榊の真似をするように表情を曇らせた和臣。しかしながら頬が赤く染まっているためかわいらしさが増して、榊の目には行為をしている最中の顔に見えてしまった。

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