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この想いは蜜よりも甘く3・記憶の糸と甘い蜜(本編試し読み)
外された指輪の意図
結局和臣が選んだのは、毎晩抱き枕になることだった。
理由は寝てしまえばどうってことがないのと、恭介から絶対に襲わないという約束を確約したことが決め手だった。本当のところは完全な安心ではなかったものの、渋々抱き枕になってあげた。
もうひとつの選択肢だった下の名前で呼ぶことを選んだら、恭介と顔を付き合わせるたびに呼ぶはめになるので、緊張を誘うそれはどうしても避けたかったのもある。
同い年なのに緊張するというのも変な話なのだが、威圧感のある恭介の大柄な躰と寄せられる想いが強すぎて、和臣としてはどうしても緊張することが隠せなかった。だから名前で呼べない上に、緊張感から敬語を使ってしまうのだった。
今夜も背後から和臣に緩く抱きつき、後頭部に顔を寄せて頬ずりしていた恭介は、すぐに寝息をたてた。
救急車で運ばれた次の日だというのに、なにもすることがなかったからと、大きなベッドのシーツの交換をしてくれたり、家の掃除や洗濯、そして和臣が大好物のホワイトソースのマカロニグラタンを晩ご飯に作ってくれたりと頑張っていた。だからその疲れが出て、すぐに寝てしまったんだろう。
恭介が疲れていたことがわかっていたのに、昨夜ここでしたような軽快なやり取りができなくて、残念な気持ちがあることが和臣としては驚きだった。
(こんなふうに思えるなんて、少し前の自分じゃ考えられないことだ。榊さんに頭を撫でられたり頬に触れられるだけでも、すっごく嫌だったはずなのに――)
和臣はそんなことを考えながら自分の左手を見ようと、腕を動かした。躰と同じように、捕まえたという感じで掴まれてる左手。手の甲を覆うように恋人つなぎをされているそれを見ると、なぜだかほっとしてしまった。妙な安心感が確実にあった。
安心感を助長させている理由のひとつは、互いの薬指にはめられている指輪のせいだろうか。
和臣はカーテンの隙間から差し込む月明かりに照らすように、手首の角度をちょっとだけ変えて、息を凝らすようにじっとそれを見つめた。
白い光がシルバーの指輪に反射して、どこか冷たい印象に映る。だけど和臣の手の甲を包み込む恭介のぬくもりのお蔭で、ほっとするようなあたたかなものへと変化した。
(同性愛者じゃない僕はこれを外すことができたのに、なぜだか外せなかったんだよな。指輪をはめていても気にならないっていうのがあったけれど、外したらこの人が――榊さんが悲しそうな顔をするのが想像つくだけに外せなかった)
記憶の一部がない和臣の目で見る恭介は、明らかに異質な同居人だった。あからさまに嫌悪する態度を示してもなんのその、惜しみなく愛情を注いでくれる。好きという言葉を連呼しながら、傍に居座ろうと意固地になったりして――。
「だけど、このままではいられないと思うんだ。お互いのためにもいつか……」
持ち上げていた左手を、静かにベッドの上に戻した。
そう遠くない未来に、薬指の指輪が外すときがくる。そのとき、どういう言葉で別れを告げるのか。そして恭介はどう答えるのか。
いずれにしても、すんなりと解決する問題じゃないことはわかっていた。
ちょっとずつ変化している自分の気持ち――同性愛者の恭介の行動や言動が最初は嫌で堪らなかったのに、寄せられる好意を除いてしまえば、一緒にいることが苦痛じゃなくなっていた。
むしろ幼なじみという間柄だからこそ、和臣の性格を考えて質問を二択にしたり、困ったときを見計らって手を差し伸べる行為は、痛いところに手が届くといった感じだった。
痒いところに手が届くじゃなく、痛いところに手が届くと表現したのは、痒いところに手が届きさえすれば、その場所を掻くことによってスッキリするけれど、痛いところは撫で擦ったとしても確実に痛みがとれるわけじゃない。
恭介の和臣に対する配慮は、どんな手を使ってでもその痛みを取り除こうとする心が見える。最近はそれにすっかり甘えてしまって、戸惑いを覚えた。
まるで親離れをする子どものような気持ちを複雑に思いながら、この日は就寝した。昨日よりもあたたかく感じる恭介のぬくもりのお蔭で、和臣はいつもより早く寝つくことができたのだった。
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