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第5話

       *  程なくして、孤児院を巣立った兄弟姉妹、里親に引き取られた子供たちが駆けつけ、しめやかに葬儀が執り行われた。上は五十路から下は赤子まで、サティーヌのたくさんの子供たちと、彼女が親しくしていた友人たちと、仲良くしていた近所の住人と、彼女を慕っていた者たちで盛大に見送った。  巣立った大人たちのなかでコウが最も頻繁に孤児院に出入りしていたこともあり、通夜や葬儀、来客のもてなし、孤児院で催した彼女を偲ぶ食事会など……なにかと立ち働くことも多く、あちこち世話をしているうちにあっという間に一週間が経った。  久しぶりに会えた兄弟姉妹もそれぞれの生活に戻って、主のいなくなった孤児院には、コウとミホシだけが残った。  ミホシは、連日の来客に驚き、大勢の兄弟姉妹に構ってもらって遊び疲れたのか、いまはコウの懐に凭れかかって眠っている。時折、尻尾が動いてコウの体に触れて、そこにコウがいるかどうかを確かめる。起きている時のミホシはいつもどおりだが、彼もサティーヌを失って不安なのだろう。  コウは、しんと静まり返ったリビングのテーブルで、弔花や弔電をくれた人の名簿、弔問客のリストを整理していた。サティーヌが「弔問客や弔花弔電には、この印刷所に、このカードで、この文面で、こういったお礼状を」と生前に指示してくれていたから、そのとおりに依頼するためだ。 「アガヒさんとウラナケさん、……あぁ、子供が二人いて毎年寄付してくれる夫婦か……。ナツカゲさんとアオシさんは……、あー……親から虐待されて避難してきた子の護衛してた人たちだな。アングラ系の小児性犯罪者とか誘拐犯リストとかが更新されるたびに持ってきてくれるからありがたいんだよな~。ああいうの表に出回らないからなぁ。……それと、こっちはウェイデ……、ウェイデ?」  弔問客リストにウェイデの名があった。  ウェイデはサティーヌの好きな花と酒を供えてくれていた。  コウに声をかけずに帰ったのは、きっと、彼なりの配慮だ。サティーヌを悼む場で、部外者の自分が裏方で忙しくするコウに話しかけて手を止めさせては悪いと思ったのだろう。 「コウ、……いるか?」 「リビングルーム」  コウが呼びかけに応えると、裏口から入ってきたアンリが顔を見せた。 「裏の鍵が開いていた。不用心だぞ」 「……締めたと思ったけど、忘れてたみたい。気をつける。それより、なにかあった? 今日は仕事が終わりそうにないから、明日か明後日来るんじゃなかったっけ?」 「そのつもりだったんだが、やはり早めに話しておくべきだと思い直してな……。それと、食料だ。数日分はある。台所に置いておくぞ。客の対応で食ってないだろう?」 「助かった。ありがとう。冷蔵庫が空っぽだったんだ」  ミホシを抱いたまま台所へ移動して紙袋を覗くと、電子レンジやオーブンで温めるだけで食べられる食料ばかりがそろっていた。  どれも火を使わず、調理不要の手間要らずで、コウは胸を撫で下ろす。 「食料は俺からじゃない」 「……?」 「ほら、お前が世話になってる家の、あの黒獅子の金貸し男がいるだろう?」 「ウェイデ?」 「あぁ、そうだ。あの伊達男がちょうど家の前に車を停めたところで鉢合わせた。あの大きな図体でめいっぱい食料を抱えていてな……」 「なにか用だって?」 「昨日、遠目に見たお前がすこしやつれているように思えたから食料を……と言って、俺に渡してきた」 「そっか」 「お前、あの男に料理ができない理由を伝えているのか?」 「いや、伝えてないけど……」 「なら、単にあの男の気遣いか。まぁいい、それにしても、家の前まで来たのだからお前の顔を見ていけばいいのに……。冷たい男だ」 「そうでもないよ」  いま、ウェイデがコウの前に現れたら、ウェイデはコウを甘やかすだろう。  優しく声をかけ、思いやりに満ち溢れた言葉と態度で気遣い、「単なる家主の分際で僭越だが……」と前置きして、コウの手助けを買って出てくれるだろう。  その時きっとコウは強がって、「手助けは要らない」と断る。  ウェイデはその手間を省いてくれたのだ。コウがウェイデの前で泣きそうになるのを我慢することも、弱みを見せないように虚勢を張ることも、そんな自分を見られたくないというコウの気持ちも、すべて察してくれたのだ。  いま、コウに悲しみは必要ない。  サティーヌに頼まれたことも中途半端なままウェイデの優しさに甘えてしまうと、必死になって堪えているものが崩れて、心が挫けて、頑張れなくなってしまう。  ウェイデはそういうコウの性格を分かってくれていた。 「お前はあの男を随分と気に入っているようだが、俺は好かんぞ。金貸しはいかん。お前も分かっているだろう? お付き合いするならもっといい人が世の中にはたくさんいる」 「そんなんじゃないって」 「彼とでは安定した幸せな生活は築けまい。男だとか女だとか、獣人だとか人外だとか、性別や種族で差別はしないが、お前が傷つかない選択をしてほしい」 「はいはい、分かったよ、パパ・アンリ」  茶化してパパと呼び、「早く家に帰りなよ。奥さんと娘さん待ってるよ」と追い返す。 「二人で大丈夫か? 今夜も泊まっていくぞ? それとも、うちに来るか?」 「ミホシがこっちのほうが落ち着くから、こっちにいる。まだサティーヌの遺品整理の途中だし、形見分けもしないとだから……」 「この家は一年間は遺すと決まっている。そう焦らなくていい」 「サティーヌはほんと立つ鳥跡を濁さずだよなぁ……見事だわ」  サティーヌは自分の死後の予定や、形見分けもすべて、「この人にはこれを、あの方にはこちらを」と決めて、遺言状に認めてあった。コウやアンリが困らないように、彼女はすべてを決めて、すべてを処理して旅立った。 「それが彼女の潔さだ」 「うん。俺もたぶん一生独り身だし、サティーヌを見習っていきたい」 「……お前はまだ若い、そんなふうに考える必要はない。お前の家族の不幸には言葉もないが、悲観してはいけない。そのうち良い出会いがあるかもしれないし、お前には大勢の兄弟姉妹がいることを忘れるな」 「うん。ありがとう。……で、なにか話があったんだろ?」 「あぁ、それなんだが……」 「……?」 「ミホシのことだ」  アンリの視線が、コウの懐のミホシに注がれる。  名前を呼ばれたミホシがゆっくりと瞼を開くから、コウはミホシの後ろ頭を撫でた。 「ごめんな、話し声うるさかったか? 上で寝るか?」 「ん~……」  首を左右にゆっくり一度だけ振って、尻尾と両腕をもっときつくコウに巻きつける。  ミホシが首を横にしてぐずると狐耳がコウの顎下をふわふわとくすぐって、こそばゆい。 「今日までお前一人にミホシの世話を任せてしまったが……」 「まぁ、ミホシは俺に一番懐いてるし、俺も弟だと思ってるから」 「そのミホシの今後の行き先についてだ」 「あぁ……」  サティーヌの遺言で、孤児院から送り出した子供のバックアップはアンリを中心とした孤児院出身の大人たちが一手に引き受けることで決まっている。養子や里子にもらわれた先で子供たちが不幸な目に遭っていないか恒常的に見守り、各家庭で馴染めるようにサポートを行い、独り立ちするまで後見するのが主な役目だ。 「ミホシはどうなるんだ?」 「サティーヌからだ」  アンリは胸ポケットから一通の手紙を差し出した。 「俺に……?」  それを受け取り、封を切って目を通す。  サティーヌからの手紙は簡潔で、湿っぽいのが嫌いな彼女らしい文面だった。 コウには、サティーヌのなけなしの現金が遺されていて、それを依頼料代わりに調達屋のコウにミホシの家族を見つけてやってほしいと書かれていた。 それが彼女の最期の願いであり、依頼だった。 「でも、なんで俺なんだ?」 「もちろん、俺たちや公的機関も協力する。だが、サティーヌが言うには、客の要望を見抜いてなんでも調達する調達屋のお前が適任だということだ」 「そりゃまぁ、客の欲しいものを用意するのが俺だけど……」 「詳しいことは明日以降に詰めよう」 「ん、分かった」 「今夜はゆっくり休め」  アンリはコウの頭をひとつ撫で、裏口へ足を向けた。  コウは「鍵をかけるついでだから」とミホシを抱いて見送りに出る。 「先に鍵をかけなさい。チェーンとロックも忘れずに」 「分かった」  アンリに言われて、鍵をかけた扉の小窓越しにアンリの車が出るのを見送る。 「……こーくん」 「ん~……? どうした?」  廊下を戻っていると、ミホシがコウの名を呼んだ。眠くて温かい子供の体温に癒されて、コウの返事もどこか眠たげで、穏やかなものになる。 「あのね……」 「うん」 「ぼくのかぞくを、みつけてください」 「うん。見つけような」  サティーヌの最期の依頼で、ミホシのお願い。  コウはミホシの耳と耳の間に唇を落として、この依頼を受けた。

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