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第7話

        *  ウェイデの自宅裏の駐車場には、獣人のウェイデが乗れるサイズの大型車三台分と、コウが乗るバイクを停めるのに充分な敷地がある。  そこへ車を停めると、ウェイデは表玄関に回って荷物を運び入れた。 「家を案内しよう」 「おじゃまします」  ウェイデが玄関先で靴を脱ぐと、ミホシもそれに倣って靴を脱ぐ。 「ウェイデ、俺とミホシは離れで暮らすつもりで……」  コウは玄関先で立ち止まり、母屋へ上がるのを躊躇った。 「台所も風呂もトイレもない離れでは不便だ。母屋に部屋が空いているから使うといい。離れよりも母屋のほうが暖かいし、過ごしやすい」 「いや、でも、母屋を借りるほどの……」  金銭面の話をミホシに聞かせたくなくて、コウは言葉尻を濁す。 「それはまた後で話し合おう。どちらにせよ、当分の間、この小さな黒狐殿が過ごす家について知っておいて損はない。……どうだろう? これから家の探検をしないか?」 「しっぽ握っていい?」 「どうぞ」 「ありがとう。ねこちゃん」  ぺこっと頭を下げて、ミホシはウェイデの尻尾を握る。 「これからは同じ屋根の下で暮らす同居人だ。ウェイデと呼んでくれ」 「じゃあ、ミホシのことはミホシって呼んでくれる?」 「分かった、そう呼ばせてもらおう。あぁ、それと、今日からはお邪魔します、ではなく、ただいま、だ」 「ただいま?」 「おかえり。コウも、おかえり。……さぁ、二人とも出発だ」  ウェイデが先を歩き、尻尾を握ったミホシが続く。 「……待って、待ってください。俺も行きます」  コウも慌てて靴を脱いで玄関に上がり、二人の後を追った。 「ここは、元は妓楼で、……妓楼というのは、あー……それはまた追々にしよう。まぁとにかく古い建物で、リノベーションされている。地下一階、地上二階建てだ。地階は危ないからミホシは行かないように」 「はぁい」 「あの……、地階ってなにがあるんですか?」 「もとは遊女の折檻部屋と地下牢だ。いまは食糧庫になっている。食材や買い置きしてあるものは好きに使ってくれ。もちろん、自分で買ってきた物を置くために使ってくれても構わない。普段は地下へ下りる扉には鍵をかけていないんだが、ミホシが来るというので鍵をかけることにした。これがスぺアキーだ。渡しておく」 「…………」  有無を言わさず握らされて、コウは突き返すこともできず、自分の財布に入れた。 「四角いおうち……、おうちのなかに、お庭がある……これがこーくんの好きなお庭?」  ミホシは右手でウェイデの尻尾を、左手でコウと手を繋ぎ、コウを見上げる。 「いや、これは俺の好きな庭とは違う庭。……でも、この庭もきれいだな」  コウも、母屋に入ったのは数えるほどだ。  家の外観は中国風の妓楼で、四合院造り。  屋内は、中央にシノワズリ風の中庭があって、その中庭を取り囲むように四角く回廊があり、四方に部屋が配されている。  二階は、欄干のある廊下から中庭を見下ろせた。  中庭には、山に見立てた鍾乳石があり、水晶や淡水真珠を敷き詰めた小川が流れていて、陶器で造られた橋梁がかけられ、樹木や花の代わりに、青磁や白磁の鉢植えに宝石や珊瑚で造られた木々や草花が活けられていた。本物の草木は使われておらず、まるで、粋を凝らした芸術品の展示場だ。  廊下には一対の景徳鎮の壺、長方形に刳り貫かれた壁面には金の香炉が飾られている。窓という窓はミラータイルやガラスタイルでキラキラと輝き、庭や廊下に不思議な模様を映し、ゆらゆらと海のなかを漂っているかのような風合いや、オーロラに包まれた世界を描き出す。  広い玄関から右回りに廊下を進むと、かつては客の待合室だった応接間、二階へ続く階段と地下へ続く隠し階段の扉、厨房と土間、その奥に洗濯場と風呂場、従業員の休憩室や食事所があり、西側に宴会場、楼主の居室があった。  楼主の居室が、いまでは、ウェイデの仕事場兼金庫室だ。この家で金貸しの仕事はしていないし、貴重品や重要な書類は別の事務所に置いてあるらしいが、金貸しとは別に携わっている実家の仕事はこちらでしているらしい。 「さて、二階だ。古い階段で、一段が高いから気をつけなさい」 「はい」 「ミホシ、慣れるまでだっこしよう」 「うん!」  ミホシは嬉しそうに頷いて、コウの腕に抱かれる。  ウェイデが先を譲ってくれるから、コウが階段に足をかける。 ウェイデが後ろから上ることで、もし、コウが足を滑らせた時にも抱きとめられるよう気を配ってくれていた。 「……絨毯が、新しい?」  コウが、その階段に目を留めた。  以前にはなかった滑り止めが設置され、絨毯も新しく歩きやすいものに変わっていた。階段や手すり周辺の角という角には緩衝材が設置されている。これなら、もしミホシが転んだり、頭や体を打ったりしても怪我をしないだろう。  後ろに続くウェイデを見やると、「昨日の今日で急場凌ぎだが、使い勝手は悪くなさそうで安心した。あとは、二階の階段部分に落下防止柵を付けようと思っている」と、ミホシのために自宅を改装することが当然のように言ってのけた。 「ミホシのためだけではない。お前のためでもあるし、俺のためでもある」 「……?」 「もし、お前が慣れない家で寝ぼけて階段から落ちたら俺は後悔するし、それでお前が怪我でもしたら後悔してもしきれない。だから、俺の心の安寧のために、より快適に過ごせるようにするんだ」 「…………いや、まだ、こっちで暮らすって決まって……」 「先行投資したんだ、無駄にさせないでくれよ」 「…………」  押しが強い。  気がついたらじわじわと外堀が埋められていっている。  アンリの言うとおりだ。押しつけがましくなく、さりげなく、囲い込まれている。  きっと、コウが絨毯のことに気づかなかったら、ウェイデはそのままさらっとさらに囲い込みを増強させていただろう。獣人の囲い込みと仲間意識の強さは生半可ではない。 「さて、二階だ」 「わぁ……ママ・サティーヌのおうちによく似てる!」  ミホシが歓声を上げた。  二階は遊女が客を取っていた部屋だが、いまはクローズドスペースで、基本的に他人を入らせない。北側の二部屋をウェイデが寝室と書斎として使っていて、東側が箪笥部屋と物置、南と西に使っていない部屋がいくつもあった。

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