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第5話
大学1年の3月から大学3年の3月。
2年間で、多米と津麦が上げた動画は単発ものも含めて、6本だった。
明るく、よく通る声の十李に、優しく、落ち着きのある声をしているkyo-。そんな2人の実況は声の相性も良く、最初は津麦目当てだった視聴者も多米を共同実況者として認めるまでになっていた。
ただ、津麦はびーふんとしても動画を上げていたし、びーふんとしての活動を休止しても良いと言っていた津麦自身はともかく、多米としては満足していた。
そして、大学4年生。大学時代最後の1年。
運良く、多米は電機メーカーの営業ではなく、事務所の事務員に早々と決まり、津麦は今まで通り、ゲーム関係で稼いでいくという。論文も2人とも然程、難航していなかったが、多米は津麦と撮れる動画はあと中編か長編1本だろうと思っていた。
「単発をできるだけ沢山撮るという手もあるけど、それなら週末とかたーさんが休みの日とかにもできそうだよね」
津麦は多米の作った卵に刻みネギが入っただけのうどんを食べ終えると、「ご馳走様」と言い、今度の実況予定を立てるべく、コロッケパンを齧ろうとしていた多米に話しかけた。
「え、あ、うん……そうだな」
津麦が言った『週末』というのは大学を卒業してからのことだろう。
確かに、びーふんの動画の比ではないが、そこそこ再生数も伸びて、津麦だけでなく、多米の固定のファンもつくようになった。できれば、社会人になっても続けて欲しいという声も少 なくない。
だが、多米は今までのようにはいかない気もしていた。津麦の言う『週末』に合わせられなくなってきて、ぎくしゃくした後に、津麦と疎遠になるくらいなら最初から円満に十李とkyo-のコンビを解消し、たまに会えるくらいの関係になれば良いとさえ思っていた。
もし、津麦を共同実況者として見て、自身も実況者であれば、津麦と疎遠になるまで動画を上げ続けるというのが正しいように思えるのに。
「できれば、あんまり挑戦してこなかった感じのが良いよね。シュミレーションとか恋愛系とか」
津麦はそんなことを言うと、多米はそれならば、と半ば賭けのように持ちかけた。
「なぁ、もし、恋愛系を探してるならやってみたいものがあるんだけど」
十李とkyo-の動画は毎回、十李が1人で実況するのを見送ったものやアンケートを動画の最後に実施して、1番票が多かったものを選んできた。
なので、多米がゲームを提案したり、選択したりしたことはなく、津麦は驚いたが、二つ返事で「それでいこう」と言う。
「まだ何のゲームか、分からないのにそれでいこうって……まぁ、良いか。じゃあ、尾場さんの店に行こう」
「尾場さんの店ってことはレトロゲー?」
「ああ、もう絶版らしいから他の店には置いていないだろうし。それに、もし、実況するのはちょっと……ってなれば別のゲームも手に入ると思うし」
「たーさん?」
津麦は少し多米に対して、ただならぬものを感じたが、その多米はコロッケパンを食べ進める。そして、小さな折り畳み椅子から立ち上がった。
深緑の、多米専用の折り畳み椅子。
それに座るのも最後かも知れないと思いながら。
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