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第4話 忘れ草の咲く森
夕輝が走っていくのを見て、俺も追いかけようとした。
その腕を、世砂に掴まれる。
「何すんだ! 離せよ!」
「きっと、追いかけて欲しくないよ? あんな事、言われたんだもん」
「……っ!」
「ね? そう思うでしょ?」
何も言えなかった。
ドン! ドン! と、花火が打ち上がる。
俺は、世砂を睨みつけていた目を、空に向けた。
少し、夕陽の色が残る、空。
いつも、夕陽を見ると、夕輝を思い浮かべた。
「気持ちに応えるつもり、ないでしょ?」
「…………」
確かに、今まで考えた事はなかったし、考えたとしても、跡取りという立場的に、難しいと思った。
俺には、かけてやる言葉は、何もない……
蒼空は、夕輝を追いかける事はせず、花火が終わった後、1人で家まで帰ってきた。
※
家の電話が鳴った。
パタパタと歩く音がして、部屋をノックされる。
「蒼空ー?」
「なに?」
母親は、電話器を持ったまま、顔を覗かせた。
「夕輝くん、帰ってないみたいなんだけど、知らないかって」
夕輝が……?
心臓が、ドクリ、と波立つ。
「……さぁ? あいつ先帰ったから」
足音が遠ざかっていく。
口ではそう、言ったのに、喉がなり、震える手で携帯のロックを外す。
何も通知のない画面には、2人で、肩を並べている夕輝が、笑っていた。
携帯を握りしめて、家を飛び出した。
走って
走って
走って……
夕輝の家の手前で立ち止まると、『夕方になったら、入ってはいけない』と言われている森を眺める。
きっと、ここにいるような気がした。
眉を寄せて、奥歯を噛み、唇にギュッと力を入れた後、蒼空は森の中へと走っていった。
「夕輝!」
まるで、夕方に戻ったような景色。
夕輝の名前と同じ、一面の百合のような花が、月明かりに照らされて、橙赤色に輝いて見えた。
その中で……
夕輝は、静かに、空を見上げていた。
少し伸びた前髪が、目を隠しているのに、濡れた頬で、泣いているのが分かった。
「夕輝?!」
「あ、蒼空……」
もう一度呼びかけると、夕輝はぼんやりと、顔を向けた。
「こんなとこにいて! 家から電話がかかってきたぞ」
「ごめん、なんか……涙が止まらなくてさ。なんでだろ」
さっきからずっと、心臓が警報のように鳴っていた。
「お前。俺のことが好きなのか?」
高校に上がってから、たまに、俺をそういう目で見ている事には気づいていた。
だけど、親友、という関係を壊したくない、と見ないふりをしてきた。
「バーカ。何言ってるんだ? お前」
夕輝は、笑った。
その顔を見たとき、蒼空は穴が開けられたようで、自分の胸ぐらを掴んだ。
「止まったから、帰るか」
伏せた睫にまだ残る、雫。
少しだけ開けて、微笑んでいる、口許。
その下に、細くて白い首が、儚く佇む。
綺麗、だと思った。
それと同時に、自分も夕輝を、好きだ、と感じた。
夕輝を家に送り届け、1人になり、俺はバカだった、と電柱に拳を打ち付け、縋っていた。
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