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第6話 約束

 急いで家に行くと、夕輝は、もう、既に出た後だった。  会いたくないのかも知れない……  駅の方を向き、思いが過ぎる。  でも。  きっと後悔する!    車でも30分かかる道のりを、必死で走り、駅を目指した。  間に合わないかも知れない。  無視されるかも知れない。  喉がカラカラになり、何度も立ち止まりそうになりなった。  それでも、一言だけでいい。  伝えたくて。  2月の寒さが嘘かと思うほど、汗が流れ、疾走のさなか、後ろへ何度も飛び散った後、ようやく駅に着いた。  階段を駆け昇って、ホームに行き辺りを見回す。 「夕輝!!」  ちょうど、電車に乗るところだった彼は、その声に振り向いた。  不安そうな夕輝の表情が、晴れていき、全てが報われた気がした。 「蒼空……」  ベルが鳴る。  話したい事が、たくさんあった。  伝えたい事もたくさんある。  だけど……出てこなかった。  蒼空は息を切らしたまま、駆け寄り、夕輝をギュッと抱きしめた。 「がんばれよ……」  少し癖のある髪に、顔を擦り寄せ、耳元で、安心したように目を閉じた。  ベルが鳴り終わる。  蒼空は身体を離した後、夕輝に後ろを向かせ、電車へと勢いよく乗せた。 「わっ!」  そうでもしなければ、引き止めてしまいそうだったから。  がんばれ。がんばれ!  それで、また、戻ってこい!  心で叫んだ。  閉まっていくドア。  窓には、目を赤くした夕輝の姿が見え、口が動く。  悲しいのに…………嬉しかった。  蒼空は、親指を立てて、挙げた。 『ありがとう、がんばってくる』  そう、言っていた。 (約束だぞ……)  走っていく電車が見えなくなって、振り向いた時、ポロッと、蒼空の目から、涙が零れ落ちていた。          ※  それから、2年が過ぎた。  一度も帰ってこない夕輝も、さすがに成人式には来るだろうと思っていたのに、式には出席しなかった。  放っておけば、気持ちは無くなるかもしれない。  そこからまた、一年。  2年と過ぎた。  会いたい……  蒼空も大学を卒業して、両親に自分の意思を伝えた。  経理の資格を取り、旅館の仕事を任されるようになった。  仕事をするようになってから、誰とも付き合わない蒼空に、両親が見合い話を持ってきたが、全部断っていた。  それと共に、夕輝が何も連絡がよこさないのは……大切な誰かを見つけたのではないかと思うようになった。  だけど、なくならない想い。  気付けば、25歳になっていた。  もう、帰ってこないんだろう、と思い出の蓋を閉じる。  見合いを、受けよう……  夕食あとに、両親にそのことを伝え、ベッドに横たわり、目を閉じると、止めたいのに、浮かび上がっては、消えた。 (もう、誰でもいい……)  そう、思った矢先、夕輝から、突然LINEが送られてきた。 『バス停まで来れる? ずっと……』  内容をぜんぶ読む前に、家を飛び出す。    桜が、雪のように降って、かき分けていく。  路に積もる花びらが、7年間の……想いが、舞い上がった。 「夕輝!」 「蒼空……久しぶり」 「久しぶりじゃねぇよ!」  夕輝だ。  焦がれて、焦がれて、止まなかった彼は、大人びて、でも、前と同じ面影で笑っていた。 「返事もなしに。ずっと、待ってたんだぞ!」  蒼空は、たまらず、抱きしめていた。 「ごめんな。やりたい事ができて、色々やってたら、時間かかってさ」  背中にまわされた、夕輝の温かい手が。 『ここにいる』  と、言っていた。

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