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第21話

「おー、おりべー」 居酒屋の個室に通されると、そこで大学のサークル仲間であるいつものメンバーは揃っており、既に飲み会はスタートしてしまっていた。織部はそれに手を上げて答えると、肩が凝るジャケットを脱いで、居酒屋の壁にかかっているハンガーにかけた。本当は間に合う予定だったのに、今日に限って天海が事務所に帰ってきたので、それを待っていたせいで、約束の時間を完全にオーバーしていた。そもそも天海があそこで織部の提案に頷きでもしていたら、今頃ベッドの上にふたりしていたに違いないのだから、飲み会自体キャンセルする予定だった。どうせいつものメンバーでくだらないことしか話さない会なので、出席しようが欠席しようが、彼らが何とも思わないことは分かっていた。それでもそういうくだらない時間が、自分には時々必要なのだろうと織部は思う。考えながら空いている席に適当に座り、隣にあった空のジョッキにピッチャーから勝手にビールを注いで、隣に座っていた都幾川の持っているグラスに合わせると、それがカチンと音を立てる。 「遅かったじゃん、何やってたの?残業?」 「・・・あー・・・まぁ、そんなとこ」 言いながら口の端で笑うと、都幾川はそれにふーんとだけ相槌を打った。 「そういやさぁ、織部」 「なに」 「お前、この間のさぁ、ゲイバーの上司どうなったの、マジでいった?つかもうやっちゃった?」 織部の向かいに座っていた羽村が急にそんなことを言い出して、タイミングが良いのか悪いのか分からない、と織部は思った。そう言えば、aquaで天海を見かけた時も、今日のメンバーがほとんどいたように思う。誰かが面白がってゲイバーに行こうと言い出したのに、酔っぱらった頭でそのまま何も考えずについて行ったら、店から丁度天海が出てくるところだった。事務所で見るより幾分かラフな格好をした天海は、背の高い男に肩を抱かれていて大人しく男の話に相槌を打っていた。すれ違ったのはその一瞬でしかなかったけれど、織部にはそれが天海であることがその一瞬でも確信を持てた。証拠に、織部はそこから動けなくなって、頼りない背中がホテル街に消えていくまで、そこでずっと眺めている羽目になった。思い出しても何だか苛々する。あの天海が、あんな風に誰かに、良いように扱われているところを織部は知らない。 「なに、ゲイバーの上司って」 「いやさ、この間皆で行ったわけよ、そこで織部んとこの上司がいてさー、これがまた美人なんだよなー。あ、織部写真ある?写真見せて」 「あー・・・別にいいけど」 なんだかいつもは楽しいのに、今日は羽村のテンションが煩かった。携帯を操作して、天海の写真を探す。去年の忘年会で酔っぱらった誰かが写真を撮ろうと言うので、織部もそれに便乗して携帯を預けた。同じテーブルではなかったけれど、近くのテーブルだった天海は巻き込まれるような形で、いつものポーカーフェイスに自棄に大事そうにその時飲んでいたジントニックのグラスを持って、集合写真に写っている。店内は暗いし、天海の顔は小さくしか映っていないけれど、それでも天海が他の人間より少しばかり造作が整っていることは、それを見ればすぐに分かった。そういえば、天海の写真は持っているのがこれだけだった。寝ているところでも何でも良いから、撮っておけばよかったと思ったけれど、天海より先に眠ってしまって天海に起こされることになった織部には、写真を取るような暇は残念ながらなかった。 「はぁー、確かに、俺よりかわいい」 「安心しろよ!真冬も十分可愛いって、酔ったらいけるよな、な!織部」 「なんだよそれ、素面じゃきついってか」 あははと都幾川が笑う。そういえばあの日、都幾川はいなかったなと、織部は都幾川から帰ってきた携帯をスラックスのポケットに直しながら思った。都幾川もそういえば背が小さくて童顔であるから、酔っぱらって皆でそんな話をすることもあって、都幾川自体もノリのいい男であったから、そういう話は最早ネタみたいになっている。でも皆でそんな風に都幾川をからかうみたいにするのと、おそらく本当に体を繋げてしまうのは全然意味合いが違うことだ。そんなことは織部にだって分かっている。 「なんだよ、織部。男もいけんの?知らなかった」 「いや、いけねーって。天海さんは別だけど、かわいいから」 「相変わらず節操ないな、お前」 「で、もうやっちゃったの?」 そうやってしつこく織部に問いかける羽村の目には、あからさまな好奇心しかない。好奇心で声をかけてくる奴が多いと、そういえば天海も言っていたけれど、天海も目には自分もこんな風に写っているのだろうかと、織部は思った。だとしたら何かその、天海が自分の領域に踏み込まれて鬱陶しいと思う事であるとか、そういうことは理解できるような気がした。そんなことはないと否定はしたけれど、そんな否定は天海の前では無意味だったのだと、今更になって織部は理解した。 「あー、うん」 「すげぇ!やっぱすげぇな、織部は」 「はー、よくさせてくれたな、その、上司?も」 「まぁ、やらなきゃばらすって脅したからなー。最後まで渋ってたし」 「どんな感じなの?ってか勃つ?俺勃つ気しねぇ・・・」 同じことを天海も言っていたと思いながら、羽村は天海が心配していた普通の男の域を、決して逸脱していないのだろうと織部は黙ったまま思った。自分はどうなのだろう。別にゲイであるわけではないし、普通に女の子が好きだし、今まで何人も女の子とは付き合ってきたけれど、男に対してそういう感情を芽生えさせたことはなかった。それに、別に天海のことだって好きだったわけではなかった、多分。入社式ではじめて天海を見た時に、綺麗な人だなと思ったけれど、だからどうしたいとか、どうなりたいとか、ましてやセックスしたいなんてことは思わなかった。けれどあの日、男に肩を抱かれて俯いて歩く天海を見た時に、何かが織部の中でぷつんと音を立てて切れた。それが何なのか分からなかったけれど、だから久しぶりにこんなに腑に落ちないし苛々しているのだろうということは、自分のことだから何となく予測がついた。 「なんだよ、美人の上司落としてやったわりに、お前浮かない顔してんのな」 「・・・落としてやったってか、全部あっちにされてさぁ、なんつーか、結構屈辱ものだったんだけど、想像と違ったし。まぁ凄いえろかったけど」 「されたって何?織部のほうが掘られたってこと?」 「いや、別にそういうわけじゃないけど、何にもさせてくれなかったし、キスも出来なかったし。乗っかられて好きなように腰振られてさぁ、あんなのただのオナニーの道具だし」 言いながら思い出して苛々してきた織部は、持っていたジョッキを傾けてそれを空にした。空にした途端、隣にいた都幾川が織部の苛々した神経を宥めるみたいに注いでくれる。さっきまで煩かった羽村が急に黙ったので、ちらりと正面を見やると、何故か羽村は織部を見ながら渋い表情を浮かべていた。一体それはどういう意味なのだろうかと、急にアルコールを入れたせいで、熱い頭で思う。何故、羽村がそんな微妙な表情をしているのだろう、aquaで天海を見つけた時、ばらすって脅せば一回くらいやらしてもらえるんじゃないのといつもの軽口を叩いたのは羽村だった。そうかと思った、ただ織部はそれに素直にそうかと思ったのだ。 「なんだよ、羽村ぁ、その顔はさぁ・・・」 「いやー・・・ほんとにやっちゃったんだなぁ、と思って、なんつーか、実感?」 「なんだよ、行けって言ったのお前だろう」 「だってフツーいかねぇよ、男だぜ?そりゃ女に相手にされなかったら考えてもいいかもしれないけど、あのやり捨て織部さんがねー・・・いやぁ・・・」 「あはは、そうだ、やり捨て織部」 羽村が何かしみじみ味わうみたいに言うのが面白かったのか、隣で都幾川が急に声を上げて笑い出した。

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