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第22話

「なんだよ、それ」 「なんだよって、織部知らねぇの。お前が切っては捨て切っては捨てるから、大学の時女の子たちの間では皆お前のことやり捨て織部って呼んでたじゃん」 「え?は?」 「あはは、しらねーんだ。そういや後半からずっと外部の子とばっか遊んでたもんなー。内部生は誘っても織部が来るっつったら皆渋い顔してさぁ、なんだっけ、被害者の会?だっけ、あれ」 「そうだよ、お前のせいでさぁ、俺たちがどれだけ遊ぶ女の子調達すんのに苦労したと思ってんの?それなのに一番人気をいっつもお前がお持ち帰りしてさぁ、次の日には名前も憶えてねぇんだもん、さいあっく」 「あはは、でもどんなセックスしたのか全部教えてくれたらか面白かったよなー。結構堅そうな子のほうがえろかったりしてさぁ」 「それな、聞くだけで抜けたよなー。ははは」 羽村と都幾川が思い出話に盛り上がっている間、織部だけが開いた口が塞がらなかった。大学時代、確かに遊んでいた自覚はあるし、羽村が言うみたいに女の子とはセックスするまでが楽しくて、それが終わったら興味が途端に失せたりしたことも良くあることだった。しかし、そんな風に周囲の女の子たちに思われていたなんて、そんな記憶は織部の中にはなかった。皆、織部の前ではにこにこ笑って話に付き合ってくれたし、誘えばどこにでもついてきてくれたのに、そんな風に裏では顔を顰めて言っていたのだろうか。自分の中に確かに残っているこの美しい記憶は、彼女たちが意図して作ったものなのか、考えれば考えるほどげんなりしてきて、織部はまたビールを煽った。一体何が真実だったのか、もう織部には確かめる術がない。 「なに、織部ほんとお前、知らなかったの?皆言ってるからお前も知ってんだと思ってた」 「まぁまぁ、そんな落ち込むなよ、昔の事じゃん。それにやり捨て織部くんが今は男にやり捨てられてんだから、もうなんか、プラマイゼロじゃん」 「なんだよ、それ。俺別にやり捨ててねーし、やり捨てられてもねぇし!」 「えー、そうなの?じゃあ織部さー、お前彼女と最長どれくらい付き合ったことある?」 「最長?」 言いながら、歴代の彼女の顔を思い浮かべようとしたけれど、あんまり上手くいかなかった。そういえば確かにあまり女の子と付き合っても長続きしたことがなかった。別に何かが気に入らないわけではなかったし、皆可愛くて良い子だったと思うけれど、大抵、飽きてすぐに別れることが多かった。そのことを今まで別段、深く考えたことはなかったけれど、考えながらちらりと羽村の顔を見ると、羽村はそこで自棄に真剣な顔をして、織部の答えを待っているようだった。 「いや、良く覚えてない、三ヶ月?くらい?」 「みじか、はは、流石やり捨て織部くん」 「いいじゃん、織部はそれでさぁ。いつまでも生ける伝説でいてくれよ」 「なんだそれ、伝説じゃねぇし、だからやり捨ててねぇし!」 「怒るなよー、だからそんないちいち小さいことでうじうじすんなって、次いきゃいいじゃん、かわいい子なんて山ほどいるんだからさ、そんで俺らにも潤いをもたらしてくれ」 「そうそう、そんなの織部らしくない」 都幾川が目を伏せるように呟いたそれが、織部の耳の中にじわっと残る。自分らしいってなんだろう、今まで誰とも長続きしなくて、その場その場で楽しければオーケーで、それでは天海と同じではないのか、後腐れある関係にはなりたくないから同じ男とは二度とセックスしないと呟いた、あのひとと。それなのにどうしてこんなに虚しい気持ちになるのだろう、拒絶されて寂しい気持ちになったりするのだろう。無様に追いかけてみたり、毎日天海の帰りを事務所で残業しながら待っていたり、どうしてそんなことをするのだろう。一回寝てしまえば満足ではなかったのか、興味がなくなるはずではなかったのか。 「好きなの、織部、その上司のこと」 「・・・え?なんでそうなんの?」 「だって気にしてるじゃん、今までお前がそんな風に誰かに執着してるとこ見たことないし」 誰も手を付けていなかった枝豆の殻を剥きながら、都幾川は今までのはしゃいだ声のトーンを落として自棄に静かにそう言った。織部はその横顔を見て、じっと見ていたけれど、都幾川は手元の枝豆ばかりに注意を向けていて、織部の方は見ようとはしなかった。 「別に好きじゃないと思う、なんか体よく扱われてムカついただけ。おんなじことし返してやりたいんだけど、何か二回は寝ないって言われてさ」 「はは、そうだよな、お前って誰のことも好きになんないもんな。そういう真剣な恋愛とか、付き合いとか、そういうの暑苦しくて嫌いだって言ってたじゃん」 「・・・誰も好きになんなくは・・・ないと思うけど」 都幾川の言い方は気に障ったが、気に障ったということは本当のことを言われているからなのかもしれない。図星だから何も言えないのかもしれない。誰も好きにならないし、誰にも好きになってもらう権利なんてないと呟いた天海の顔が浮かんでくる。こんな時にもしつこく浮かんでくるのは、天海の顔で、本当に自分は天海のことを好きになってしまったのかもしれないと、織部はひとりで考えていた。今まで織部が興味があったのは、顔が可愛いとかスタイルが良いとかセックスが上手いとか、そういう表層の部分で、他のことが何だろうが、どうであろうが、興味がなかった。だって連れて歩くだけの彼女という名前の女の子に、他に何を求めたらいいのか、織部には分からなかった。だって次の日には別の子が隣を歩いていたから。 「そうかも」 「え?」 「好きなのかも、天海さんが、俺」 「・・・はぁ・・・まぁ、飲めよ、織部」 何故か眉間に皺を寄せると、都幾川はピッチャーを傾けて織部の空のグラスに、またビールを注いだ。いい加減ビール以外の何かが飲みたいような気がしたけれど、折角都幾川が注いでくれているし、ピッチャーにはまだビールが残っているしで、織部は仕方なくそれを飲んだ。 「何だよ、真冬までそんな顔すんなよ、傷つくっつーの」 「そんな顔ってどんな?いや、俺は喜んでんだよ、これでも、お前も大人になったんだなーって」 「あぁそうですか、どうせ俺は今までろくな恋愛してねーよ、やり捨ててきたわ」 「投げやるなって、まぁ昔は昔、今は今だろ」 言いながらまた都幾川はあははと高い声で笑って、織部の背中をとんとんとまるで何かを慰めるみたいに叩いた。好きになるならきっと、もっと別の誰かの方が良かった。きっと天海ではない誰かのことを見つめている方が、ずっと良かった。織部には分かっている。天海相手には勝算がまるでない、あんな風に全ての人間を拒絶しているような目をした男相手に、自分が何が出来るのかまるで分らない。今までどんな風に女の子と遊んできたか思い出せないくらい、それは多分自然にやっていたことなのだろうけれど、そのせいなのか頭で考えだすと全然分からない。面倒臭かったら次にいけば良かった、誰かに固執する理由も執着する理由も、織部には何もなかった。だからこんなことで頭を痛めたことはなかった。 「俺は応援してるからさー。またどうなったか教えろよな」 「あ、俺も!俺も聞きたい、織部頑張れよー」 「お前ら絶対面白がってるだけだろぉー、もう。馬鹿にすんの止めろよなー」 「馬鹿にしてないって、ホモになっちゃっても、俺たち織部の友達じゃん、な」 「そうそう、まぁ身内には手ぇ出さないでね、やり捨て織部くん」 「出すわけねぇだろ、天海さんは特別なの、お前らなんか頼まれても抱いてやるか」 「きゃー!織部くんかっこいい!男前!あはは」 都幾川も羽村も個室が座敷なことを良い事に、転げ回って笑っている。それを見ながら織部は溜め息を吐いて、ジョッキに残っているビールを飲んだ。

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