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青い花柄のワンピース Ⅱ
分からないけれど、なんとなく今二人を鉢合わせてしまったら、大変なことになることは、流石に須賀原にも予想できた。天海は今から帰ると言っているし、とりあえず外まで見送ってから戻ればいいかと須賀原が思っている時だった。今度はトイレの入り口の扉が、がちりと開く音がした。
「すがちゃん、遅いって。何やってんの」
「え!うわ!」
最悪のタイミングだった。入口から顔を覗かせたのは、たった今、須賀原が危惧したばかりの男だった。須賀原は慌てて、そんなことに意味なんてないのは分かっていたけれど、天海が織部の位置から見えないように両手を広げて、立ち塞がる。
「い、今戻るところ!」
「ふーん、まぁいいけど。でさー、すがちゃんどの子がいいの?俺はさー、あのセミロングが良いと思う。青いワンピースのさ、あんだけ胸出してんだから今日ヤれそーだし」
「・・・うわっ・・・」
へらへらいつものように笑って、織部がそう言うのに、須賀原はもうどうしようもないと思って、思わず天を仰いだ。ちらりと後ろに立っている天海を見やると、天海はやっぱりいつも通りのポーカーフェイスで、そこでなんとも思っていないような顔をしていた。勿論である。取り乱されても困るけれど、だけどもしもそれが天海ではなくて、織部の彼女だったら今頃、修羅場になっているところだろう。まぁそもそも女の子だったら、男子トイレにはいないはずなのだが。考えながら須賀原はあははと笑った、笑うしかなかった。
「え?何笑ってんの、すが・・・―――」
「なんだ、お前ら、随分、楽しそうな飲み会やってるんだな」
「・・・え?」
何故こんなことになっているのだろう。
「そうなんだー、天海さんってふたりの上司なんですねぇ、かっこいいー!」
「若いのにすごーい!お仕事できるんですね!」
「別に若くないよ。俺もう35だし」
「えー!ぜんっぜん見えないー!肌もつやつやだしー!すごーい!」
すごいかっこいいの大合唱を横目に、須賀原はテーブルの端っこでビールをちびちび飲んでいる。トイレで遭遇した天海は、絶句して固まる織部を押しのけ、今すぐヤれそうな女の顔が見たい、などどとんでもないことを言い出し、何故だかテーブルの真ん中に座っている。天海はにこりともしないので、愛想はないが、その分整った顔をしているので、女の子たちが目の色を変えるのは一瞬だった。それぞれ散り散りに座っていたはずの彼女たちは、ドリンクだけをひしっと持ち、天海の周囲をがっちりホールドしている。そのため、須賀原をはじめとする男性陣は、テーブルの端っこに追いやられる羽目になっていた。
「ち、超、モテてるな・・・流石、アマさん・・・」
「・・・さいあっく・・・なんでこんなことに・・・」
勿論、須賀原と一緒に追いやられている織部は、一番端っこに座り、さっきから俯いてずっと同じ言葉を繰り返している。須賀原はそれにかけてやる言葉がない。確かにこんなことは逆立ちしたって予想できないけれど、平常からあんなことばかり言っている織部も少しは責任があると思ったけれど、流石にこの凹みようを前にして、正論など叩き付けられなかった。俯く背中をポンポンと叩いて、空になったジョッキにビールを注いでやることしか、須賀原にはもうできない。
「・・・まぁ飲めよ・・・織部・・・」
「俺なんか悪いことした・・・?」
「・・・う、うーん、それはなんとも・・・」
凹む織部の背中を叩いて、須賀原はちらりと自分たちより少し離れた場所に座っている天海を見やると、さっきまで別でも飲んでいたとは思えないくらいハイペースでジントニックを飲みながら、女の子たちの内容のない会話に、それなりに付き合っている。須賀原は天海の班だったので、班の飲み会で天海と一緒になることも多かったが、天海は兎に角よく飲む人で、水みたいにお酒を流し込むくせに、飲み会の席で酔っぱらっているところを一度も見たことがない。ついでに言うと、一番食べるのも天海で、よく矢野の分まで揚げ物を回されても、文句言わずにいつの間にか全部食べてしまっている。
「あ、天海さん、お酒なくなっちゃいましたよ」
「あー、ジンで」
「分かりました、注文しますね」
「天海さんずっと飲んでるけど、お酒強いんですね」
「まぁまぁ。フツーだと思うけど」
「フツーじゃないですよぉ、私、なんかもう酔っぱらっちゃってるしぃ」
あははと天海の隣で笑った女の子の肩までの髪が揺れていた。セミロングの、服を見ると青色のワンピースで、確かに織部が言っていたみたいに鎖骨から下、胸のライン、ともすれば谷間まで見えそうなほど、それはパッと見の清楚なイメージとはかけ離れていて、そこだけ女の戦闘服のようだった。天海がじっと見ていると、彼女、ゆりがぱっと顔を上げて、それから赤い頬をしてえへへと笑った。
「ちょっとぉ、天海さんどこみてるんですかー、えっちぃ」
「・・・ごめん、なんか、不自然にそこ、開いてるんだな」
「えー、ふしぜん?そうかなぁ?」
考えながら、天海は着ていたジャケットを脱ぐと、腑に落ちないみたいに首をかしげているゆりの肩にそっとかけた。ゆりはぽかんとした顔をして、天海の顔を見上げている。
「あまみさん?」
「あげるよ、それ。着ときな」
「えー、やったぁ、でもなんで?」
「そういうとこは、好きな男にだけ見せたほうがいいよ」
「・・・きゃー!かっこいいー!」
「かっこいいー!天海さんならなんでも見せちゃう!抱いてー!あはは!」
わぁわぁと大声で盛り上がる彼女たちと、その真ん中で淡々と飲み続ける天海と、外から見ていると異様な光景だったけれど、もうなにが正しくて何が間違っているのか、その時須賀原にも織部にもよく分からなかった。最早この飲み会がはやくお開きになることを祈るばかりだった。
「・・・なんか異様に盛り上がってるな・・・」
「近寄るなめすぶたども・・・」
「オイ、織部酔ってんの?しっかりしろよ・・・」
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